戦艦ポチョムキン (1925)
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「映画の原型」こそが持つインパクト
2008/05/10
by
星空のマリオネット
「戦艦ポチョムキン」のDVDをレンタルしたところ、いきなり淀川長治さんの解説から始まっていて少し面食らいました。淀川さんの解説を聴くのは本当に久しぶり。
このDVDの解説の中でも彼自身語っています。彼が最高の映画だと評するのは、チャップリンの「黄金狂時代」。そしてそれに並びかけるのは、ヒッチコックやジョン・フォードの作品ではなく、エイゼンシュタインの「戦艦ポチョムキン」だと。
私が日本映画をよく観はじめた頃、淀川さんはその当時の日本映画に対して冷淡にみえたし、子供の頃から見ていた日曜洋画劇場での「サヨナラおじさん」のイメージが強すぎて、彼には関心がありませんでした。
ところがその後彼の本を何冊か読むうちに、映画史の生き証人であり語り部である淀川さんが「映画の化身」のように見えてきたのです。
ただ、不思議なことに彼の映画評の中身についてはほとんど何も覚えていません・・・ショックを受けたことや、面白かったこと自体は覚えているのですが。
例えば、世に有名な評価の高い映画を一言で切り捨てる様は怖いですね〜。その中には自分が好きな映画が含まれていることもあり、ギョッとさせられるのです。
さて、チャップリン以外にも、ヒッチコックやジョン・フォード、それにヴィスコンティ、フェリーニ等を愛した淀川さん。その彼が映画の双璧に挙げたのは、先ほど言及したように「黄金狂時代」と「戦艦ポチョムキン」というサイレント映画2本。彼は、人間の根源的な欲望や感情を、動く写真でいかにシンプルに劇的に描くかということに、映画の原点を見出しているのかもしれません。
確かに原点こそは、かけがえのないもの。
彼が幼少の頃から青春期にかけて夢中になった映画=彼にとっての映画の原点と、映画そのもの原点とが重なった幸福な時代。
1910年代半ば辺りからサイレント映画の名作が制作され始め、それから10年ほど経った1925年、「黄金狂時代」と「戦艦ポチョムキン」は奇しくも同年の作品。当時16歳の淀川はサイレント映画の発展とともに、幼年期から青年期へと最も感受性の強い時期に差し掛かっていたことになります。
(私にとっては、学生時代に観た同時代(1980年前後)の日本映画こそが、映画の原点です。)
「戦艦ポチョムキン」はまさに映画という活動写真のひとつの原型を示してくれています。30年近く前に初めて観た時に感じた驚きは今も忘れられませんが、今回久しぶりに見直して観て、残念ながらその時の驚きまでは甦ってきませんでした。
しかし、映画の原型が持つ陳腐化しない強烈な表現振りは、今も色褪せず輝いています。
淀川さんが黒澤監督のあとを追うように亡くなって、もうすぐまる10年。
淀川さんもまた、映画史の中で輝き続けるのだと思います。
PS
淀川さんは、「戦艦ポチョムキン」をエイゼンシュタイン監督を代表する作品の中の一本としてとり上げているようでもあります。デビュー作?の「ストライキ」や、集大成と言われている歌舞伎のようだという「イワン雷帝」も同様に絶賛しているのです。多くの人がいま観ることのできる映画として「戦艦ポチョムキン」を挙げたという面もあるのかもしれません。
一方、彼は、太平洋戦争等で既にフィルムが消失してしまい我々がもはや観ることのできない数々の名作について喜々として語ることがあります。例えば溝口健二監督の1920年代の作品などについてもそうです。淀川さんが「雨月物語」(1953年)などよりも、ずっとずっと良かったなんて語っているのを読むと、口惜しい気持ちにもなってしまいます。
本当に面白そうに聴こえるものだから!
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