椿三十郎 (1962) »レビュー

「椿」の気持ちはわからない

70点 2008/05/22 by ホワイトファング

 河東碧梧桐による「赤い椿白い椿と落ちにけり」の句がモチーフとされているのだろう。庭園を支配する「静」。椿が枝を離れる「動」。落ちて地面に触れる幽かな音。次々と繰り返されるこの「静」から「動」。人間世界で何が起ころうが、そのリズムが乱れることはない。樹木の息吹に合わせた垂直運動と、邸内の疎水がそれを流し運ぶ水平運動。小宇宙の運行を思わせるこの営みに、「お家騒動」という、すこぶるつきに俗っぽい諍い事を対比させる試みの面白さ。まったく、人間なんてやることなすこと愚かしい。虚しい。こざかしい。ろくなもんじゃない。せいぜい笑い飛ばすしかないじゃないか。

 腕に自慢の料理人が集まって、吟味を重ねた具材を惜しみなく使い、器は蒔絵の施された輪島塗。この色彩的な空間を「椿屋敷」として具象化するのに白黒映画という枷を自らにはめる。その手法はきわめて禁欲的だ。この態度がすがすがしいまでに潔い。
 ただし、料理自体は京懐石でもなければフランス料理のフルコースでもない。たとえていえば、インスタントラーメンだ。そもそも「お家騒動」なるものが、コップの中の権力争いに過ぎない。もっとも、将軍家や御三家の「ご落胤」でもからんできて、裏柳生や黒鍬者が暗躍する、なんていう筋立てなら、ちとスケールは違ってくるかもしれないが。

 念のために付け加えれば、インスタントラーメンというのは、いまや日本の大衆食文化を代表しているわけであり、べつにこの映画をおとしめようと言っていることではない。大衆食材に贅を凝らす、というのは、それはそれでなかなかオツなことではある。行列に並んででも一度は是非、という気分になる。

 さて。『用心棒』の「続編」として製作されたこの映画。
 三十郎の浪人生活も歳月を重ねたことで、ごつごつとした部分がかなり世間の波に洗われているようだ。また、前作でぎりぎりのところまで煮詰めたキャラクターを「鞘に収まらない抜き身の刀」と相対化して見せるなど、脚本の狙いとするところはよくわかる。では、この狙い、前作のように、寸分たがわず的を射抜くことができたのだろうか。

 この映画は時代劇である。とぼけた味わいに溢れた娯楽映画でもある。でも、「痛快」だったか?ほんとに痛快?
 痛快、というのは、自分的にいえば、日頃のうっぷんがすべて吹き飛び、ヒーローの活躍にやんややんやの拍手喝采、溜飲は下がるわ血糖値は上がるわの大騒ぎ、そういう非の打ち所もなければ一点のくもりもない爽快感をもたらしてくれるものに対する最大級の賛辞の言葉だと思っているけど。で、この映画は、ほんとに「痛快」だったのか?

 はっきりいって、どうにも「痛快」とはほど遠い、ぞわっと「不快」な場面の印象があとあとまで消えない。なにしろ「全員殺しておかなきゃこちらの企みがばれる」という状況では、容赦なく敵方を殺戮。ひとりたりとも生かしておかない。逃げまどう小者、としかいえないような相手にさえ、爪の先ほどの慈悲もかけやしない。ここまでは前作『用心棒』にも似た場面はあった。ここからが少しばかり違う。今回、三十郎氏は、逃げまどう相手を背中からばさり。「助けてくれ」と泣き叫んでいるのに背後から斬りつけるヒーローというのはあんまり見た記憶がない。ある意味、これはすごい。鬼気迫る、とはまさにこのこと。ヒーローというのは、みんなの正義のためならば、ときには心を鬼にも蛇にもするものだ、ということを体全体で表現している、ということか。ただ、残念なことに、前作ほどの周到な脚本ではないため、見ていて「何も殺さなくても」という思いをぬぐうことができないのだ。「手前たちのおかげでとんだ殺生したぜ」と苦虫をかみつぶしたように云うセリフが用意されてはいるんだけどね。味が濃厚すぎると思えば、すぐに砂糖やみりんでやわらげる。名人・名匠のそんな心配りも、ここでは空回り。前作であれほど絶妙なバランスで成立させ得たキャラクターが、この一事のためにぐらぐらよろめきつんのめり、泥にまみれてしまった、と思えて仕方がない。せめて「続編」とは銘打たずに製作してほしかった、と言ったところでいまさら詮ないことなので言わない。

 戦後17年。製作された時代背景、というものを考えれば、まだまだ世の中には実際に戦地で、あるいは空襲で、忌まわしい経験をした人も多かっただろうし、こういう「ヒーローの残虐行動」に対する感度には現在との落差もあっただろう。だから、「同時代の視点」がこの描写(ウシロカラバサリ)にどのような評価を下していたのかはわからない。でもいまはどうなんだろうね。これだけ平和ぼけしていて、ヒューマンなるものの価値がインフレを起こし、崖っぷちに取り残された一匹のイヌの運命に日本中が固唾を飲む、という現実に取り囲まれて、けっこうそのぬるま湯に肩まで浸かっておきながら、この映画のこういうシーンを、ほんとうに「痛快」として割り切って受け容れるのか?受け容れたって別に全然かまわない。受け容れたい人は胸をはって堂々と受けれればいい。ただ、これを受け容れるなら、ほかにもあれやこれや受け容れてあげないと、つじつまが合わなくなるぞ、きっと。

 たぶん、こういう場面は、薄目を開けて、見て見ぬふりをする、いや、見なかったことにする、というのが正しい鑑賞法なんだろう。、「製作当時の時代背景や作品全体の製作意図を考慮して、問題のある描写には目をつぶりました。」というテロップを脳内スクリーンに映し出して自分の中に二重構造を造り、その内側に閉じこもればそれで済む。大人の分別とはそういうもの、世間とはそういうもの。で、わたくし、まだ、分別というものに、かなり欠けているのです。

 朱色の液体に一粒の水滴を落としても朱色は朱色のままだ。
では、逆の場合は?・・・たとえ一滴に過ぎなくても、「朱色」の持つ破壊力はすさまじい。そのように、脚本中のたったひとつの瑕瑾がキャラクターイメージを反転させてしまうことがあり、それがしいては映画の印象にまで影を落とすことだってあるのだ。この映画のこの場面こそ、自分にとってはそういう「瑕瑾」だ。これは、断じて単純な加減計算で片付く問題ではないぞ。

 まあ、あまりごちゃごちゃ言ってると、「ええい、やかましいっ」と、どこかから三十郎が現れ、背中からばさり、両断されてしまうかもしれないから、ここのところは小さい声で。裏声で。自信なげに。少数意見らしい謙虚さをもって。・・・本当にこの娯楽時代劇は、無条件で「痛快」・・・ですか?白い椿は血の色に染まって落ちてしまったとは思いませんか?

 

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  • 「椿」の気持ちは・・・

    2008/05/22 by 牧坂満

     「ホワイトファニング」さん、「椿三十郎」で再びのカルチャーショックを受けました。また、私ごときの侏儒の言葉を羅列したレビューに目を通して頂きまして痛み入ります。キーボードに向かい叩き続けた日々もありましたが、ある日「カイタカケン」さんのネタバレコーナーにある文章を目にしてから、粗製乱造してきた自分を反省して、文章の書き方に注意するようになりました。

     また「lp」さんから、私の「理由」のレビューを読んで、「理由」を見たくなりましたと返信投稿を頂いてから、直近で鑑賞した映画を記憶新たな内にレビューを書くことに改めたのです。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     私も「椿三十郎」の大殺戮に目をひん剥きましたが、ユーモア溢れる会話と緊張感溢れる場面、場面で挿入されていた“鶯”の鳴き声や、伝説の最後のシーンで“草雲雀”の長閑な鳴き声が、後味の悪さを完全に払拭しているのではないかと思っています。

     また、わが師でもある極真会館の創始者だった、大山倍達総裁の言葉に「鞘に収まらない抜き身の刀」をモジッタ訓示があるのです。それは、「鞘の中の真剣は常に磨いておきなさい。一生抜かないように最大の努力をすることが肝要であるが、一たび抜いた場合は一刀両断に斬り倒しなさい」と教わってきました。

     本作品では、大事を成すためには、天網恢恢疎にして漏らさずといった非情なまでの徹底さが必要だと思っています。だからこそ、特にアングロサクソンの連中に受け入れられたと思います。海賊王バイキングの末裔であるアングロサクソンは賛否両論がある中でも、ワイアット・アープが大好きですからね。

     お気に入りは全く違った感性を持っている人もカテゴライズしております。映画を愛する仲間として、お互いに葛藤を恐れずに意見交換することにより、更に高い次元に到達出来ると思っています。勿論、それでも相手の人間性を無視した人格攻撃は絶対に控えなければならいでしょうね。

     以上、マイノリティリポートでした。これからも宜しくお願い致します。

  • Re: 「椿」の気持ちはわからない

    2008/05/23 by ホワイトファング

     牧坂満さんの言われること、よく分かります。
     おっしゃるような描写がすべてを中和させている、と考えることだってできますもんね。
    まあ、僕としては、その解釈に至るまでには、脳内でワンクッションいるんじゃないかと思い、こだわってしまったわけですけど・・

     考えてみれば、富士山だって、場所により、また見る人の心映えによりまったく違ったものに見えるのは当然のことです。僕は今回、よっぽど足下の悪い場所から、胸に鬱憤だかなんだかを抱えたまま見てしまっているのかもしれません。

     ただ、黒澤映画のダイナミックな映像に心を躍らせ、溢れるヒューマニズムに胸を熱くすることが多かったので、今回の「情け容赦のない殺傷」ばかりはどうにも残念でなりませんでした。その思いが余っての投稿、ということで読み流しておいてください。
     それにしても牧坂満さんの懐はかなり深いですね。僕も、椿三十郎の茫洋とした度量のようなものは、見習わないといけません。

     なお、僕のHNは、「ホワイトファニング」ではなく、「ホワイトファング」です。「白い牙」。どこぞの国のテロ組織名ではありません。敬愛するジャック・ロンドンの小説の主人公です。気高くて孤高で心優しくて、僕にとっては最高のヒーローです。

  • Re: 「椿」の気持ちはわからない

    2008/05/24 by バナバナ2

    私は用心棒を観てないので、前作と今作との三十郎のキャラの違いを分からずに書きますが、
    奥方に「本当に強い刀は鞘に収まっているものですよ」と言われた時の罰の悪そうな顔、ラストで「どうぞ仕官してください」的な状況だったのに、自分から黙って立ち去ろうとする行動などは、己を、非情=鞘に収まらない刀=異質な人間、と自覚しているからでしょう。

    藩の内紛で窮地に立ったおぼこい若侍達を、頼まれもしないのに助けてしまうお節介なところもありながら、いざという時は命乞いも聞き入れずバッタバッタと切り倒す。
    私は、平穏無事な世界では暮らせない「異質な人間」の本性、ここで発揮!という風にこのシーンを観てました。

    剣においては冷淡でも、妙に人の良いところもあるこのギャップが、「椿三十郎」に惹かれた所以です。

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