夕凪の街 桜の国 (2007)
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生きとってくれて ありがとうな
2008/08/15
by
のびた
劇場で観た時は、現代パートが少し弱い気がしていた。しかし、終戦の日に想いも新たに見直したら、現代パートからも堪え切れないほどの感情がひしひしと伝わってきて、涙を溢れさせずにはいられなかった。
「夕凪の街」は原作にほとんど忠実なので、これは映画というより原作が素晴らしいのだと思っていた。そして、見事に皆実を演じ切った麻生久美子の演技が素晴らしいのだと思っていた。そうであることに間違いはないのだが、その演出にも細やかな心使いを発見できて、この映画としての僕の評価もまた高くなった。やはり良い映画は何度でも見直さなければその本当の価値は分かったとは言えないだろう。
例えば、いつも皆実が手を合わせるお祈りをする場所の側に打越がいて、ここで手を打ったら、彼に気づかれてしまう。恥ずかしい。でも、彼に気づいて欲しい。そんな微妙な乙女心の表現は、麻生のさり気ない名演と共に、うまく伝えられている。また、会社で写真をみんなで撮るときの、同僚が何気なく皆実を打越の隣に近づけたりするシーンもいい。この時の麻生の嬉しさ気恥ずかしさを混同させたような、驚いた表情が絶品だ。この写真は絶対また出てくるはずだと思っていたら、狙い通りに登場して、僕はまた、涙を流すことになる。
原作に忠実な部分だが、やはりセリフが衝撃的だ。
「嬉しい?
原爆を落とした人はわたしを見て
やった!またひとり殺せた
とちゃんと思うてくれとる?」
これほど皮肉の利いた、原爆に対する抗議文は初めて目にした。
皆実のキャラクターがまたいじらしい。
被災しても自分だけが生き残ってしまったことに、負い目を感じてしまい、自分は幸せになってはいけないと感じている。近くの草を料理して食べたり、靴が減るからと裸足で歩く彼女。そんな慎ましい彼女にこそ、幸福が訪れてほしいと観客は願う。しかし…。
「生きとってくれてありがとうな」
打越の抑えきれない愛情が一杯こもった、名セリフだった。
自分が選んで打越から貰った、金魚の刺繍の入ったハンカチ。映画では皆実の家でも金魚を飼わせ、働き者ののアリの姿も画面に映す。最近、生命を問う映画にはやけにアリが出てくる。この辺はもう定番だ。小さな生命でも、懸命に生きようとしている。
話は現代へと移る。当初僕は現代パートはいらないのでは、とさえ思っていたが、原爆の影響が孫子の代まで続いているというメッセージのためには、やはり必要だった。この現代パートで描かれた皆実の弟・旭の過去を巡る旅に同行してしまった娘・七波が、自分の両親との出会いに想いを馳せるシーンがいい。生まれる前の自分が、両親のお互いを求める姿に感情移入して、自分はこの親を選んで生まれてきたのだと実感する。
原爆被害にあった母親と、それを承知で結婚した父親。この原爆よりも強い愛情に導かれた二人を、自分の誇れる両親だと、娘が確信できたシーンだ。原爆も戦争も、我々国民には望みもしない、降って湧いた災害みたいなものだが、それもまた、人の手によって起こされたもの。
原爆は落ちたのではない、落とされたのだ、という強いメッセージと共に、それさえも乗り越えようとする人間の心の再生能力、強い愛情を描いたこの映画に、敬意を表する。
そして、そう、子供は親を選べないというのはウソだ。子供は親を選んで生まれてくるのだ。
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