善き人のためのソナタ (2006)
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“落ちこぼれ”官僚のヒューマニズム
2008/04/30
by
牧坂満
フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督が膨大な文献や資料を渉猟して、東ドイツホーネッカー体制崩壊前夜を秘密警察・諜報機関のシュタージ将校の目と耳を通して描いた傑作です。シュタージは第二次世界大戦終了後に“ワッフェンSS”だったゲシュタポやSDを継承した軍隊式の階級を持った組織であり、非公式の密告者IMを含めて190万人もいて、国内反体制分子を監視・弾圧したのです。映画でも“東西の壁”崩壊後で描かれているように本人に限ってシュタージの犯罪が閲覧出来るようになったのですが、東ドイツ全人口の10%以上がシュタージやIMが占めていた現実は国民たちの家族・親類・友人・知人もそれらに含まれていたことを知ってしまうのです。悲劇は統一後も続いて、家庭崩壊や人間不信、精神病を病む人々も多く発生したのです。
社会主義統一党SEDの独裁体制はジェロントクラシーという老人支配による腐敗が進行しており、気に入った女優を自分の愛人にするために、劇作家と恋人の女優を監視させる不条理な命令をヴィスラー大佐に与えるのです。第二次世界大戦の最強部隊とは、アメリカ軍の将軍、ドイツ軍の将校、日本軍の兵隊と言われたように、ヴィスラー大佐は冷静沈着で徹底した監視・盗聴を実行します。しかし、ヴィスラー大佐はリトアニアに駐在して、ユダヤ人のために二千通を越える日本通過ビザを発給した杉原千畝と同じように官僚としては“落ちこぼれ”だったのです。
映画は徹頭徹尾、感情を抑制して、ベルリンの壁崩壊後も黙々と郵便配達をする東ドイツ時代のエリートだったヴィスラー元・大佐を淡々と描いていますが、旧・東ドイツ国民の姿がダブって想像出来ます。観客の生きる意欲を打ちのめすような絶望的な暗さを与える映画を名画というようですが、黒澤明映画の「羅生門」のラストシーンにあるようなヒューマニズムが、この作品にもあります。人間性への信用・信頼を蘇えらせる名画「善き人のためのソナタ」は、現在でも家庭崩壊や人間不信、精神病を病む旧・東ドイツの人々だけではなく全世界の人々に感動の涙を流させたことでしょう。
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