椿三十郎

『椿三十郎』を価格比較。★★★★(84点)『椿三十郎』に対するみんなのクチコミ情報などもあります。

椿三十郎
84点
出演 三船敏郎,仲代達矢,加山雄三,団令子,志村喬
発売日 2002年12月21日
定価 6,300円(税込)

 

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椿三十郎 まとめて売る

amazon.co.jpによる解説

『用心棒』大ヒットの翌年に製作された続編的要素をもつ作品。お家乗っ取りに暗躍する悪家老一味と、血気盛んな若侍たちの確執に、(今回は椿と姓を名乗る)三十郎(三船敏郎)が巻き込まれていく。
原作は山本周五郎で、黒澤明監督も今回は肩の力を抜いて、ホノボノとした明朗感を大切にしながら演出。しかしその中で、正義の城代家老の妻(入江たか子)に「あなた(=三十郎)は抜き身の刀のよう。でも本当にいい刀は鞘に収まっている」とサラリと言わしめ、力をコントロールすることの大切さをさりげなく説いているあたりもうまい。クライマックス、敵方の室戸半兵衛(仲代達矢)との一瞬の居合対決は、今でも語り草となる凄絶なシーン。当時、三船の殺陣は、もはやフィルムのコマに刀が映っていないほどすばやいものだったと言われている。(的田也寸志)

商品詳細情報

販売元 東宝ビデオ
発売日 2002年12月21日
リージョン 2
ディスク枚数 1
形式 DVD

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映画生活ユーザーによる「椿三十郎」のレビュー

  • 100点 古今東西、暗愚を装う人物は大物

    2008-05-09  by 牧坂満

     黒澤明監督の作品にしては短い90分代の映画であり、かつて松竹映画で撮った「白痴」の長尺をメグって会社側にこれ以上カットさせるならば、フィルムを縦に裂けと言った殺気は画面にも時間にも感じられません。

     山本周五郎のヒューマニズムを愛した黒澤監督はこの後に「赤ひげ」を発表しますが、本作品は同じ周五郎のユーモア時代劇を脚色してコメディータッチの痛快時代劇に仕上がっています。よって、ハードボイルドタッチだった前作「用心棒」に比べて、脱力感溢れる鷹揚な画面が展開していきます。正に企画変更が大成功した例であり、前作「用心棒」での三十郎に感情移入出来なかった方も今回は見直したことでしょう。

     三十郎を演じた三船敏郎の芸域の広さは喜劇にこそ、その真骨頂を見るような気がしますが、皆様は如何お考えでしょうか。“間抜けな見方の刀は、敵の刀より危ねェ!ケツでも斬られたらたまんねェ”“うっかり、上手い話に乗ると危ねェぞ!”や仲代達矢扮する室戸半兵衛を評して“さっきのは三人いても、猫だ!しかし、奴は虎だ!”のセリフを喋る時の、くそ真面目な三十郎の表情が逆にユーモアをより面白く感じさせるのです。

     黒澤明監督は大戦中に撮った「一番美しく」の入江たか子(当時は美貌の32歳)を再び起用(すっかり、体型もふくよかになった50歳)して、若手侍たちが“奥方は天衣無縫な性格だから”と説明したのに対して、“少し足りねェのよ”とシニカルに批判させたり、伝説の、壁を乗り越えさせるときに三十郎が踏み台になったときの顔の表情のコミカルさは、一生忘れることはありません。

     緊張感溢れる場面、場面で挿入されていた“鶯”の鳴き声や、伝説の最後のシーンで“草雲雀”の長閑な鳴き声が、後味の悪さを完全に払拭しているのです。

     【国立近代フィルムセンター】劇場鑑賞
     【銀座並木座】劇場鑑賞
     【ビデオ・マイコレクション】鑑賞
     【NHK・BS第二放送】鑑賞

  • 100点 俺に言わせりゃ黒澤明が本物で…(改訂版)

    2008-05-15  by 夢寝由来

    昭和36年4月5日公開の「用心棒」(以下前作と称す)は冬の話、翌年元旦公開の本作は春の話。
    前作で斬った行為に何の疑問も持たなかった三十郎、本作では斬る事に反省を持つ三十郎。
    女優視点で観るとエゴイズムを象徴した前作の山田五十鈴、で本作はヒューマニズムの代表者=入江たか子。
    1人の老人(東野英治郎)が味方だった前作、9人の若者が味方の本作。
    佐藤勝の音楽も軽い前作、重い本作と多くの点で対照的2作品
    宿敵である仲代達矢は木村功の代役のような前作よりも本作の方がずっと生き生きしている。
    本作の影の主役は9人の若(バカ)侍たちであるが、キャラクターの明確なのは、頼りない若大将=加山雄三、心配性の博士=平田昭彦、疑い深い青大将=田中邦衛の3人である。他の6人は徹底した脇役になっている。この大胆な割り切り方は後のクレージー・キャッツ映画のお手本になったのではないか?!(クレージー映画も主役3人+脇役4人というパターンが多い)
    又、小林桂樹のとぼけた台詞回しは谷啓に似ていて、押し入れから登場するタイミングが(お呼びでない的)植木等にそっくりである。但し本作の九人はクレージー・キャッツ七人に負けないチームワークで一同に笑う時見事にハモったり、刀を構えたり抜いたりの呼吸はピッタリで見ていて気持ちいい。若侍の数は特に九人である必然性は無く7人でも11人でもかまわないが何故9人なのか?おそらく当時の国民的スポーツは野球だったからでしょう。
    さてレギュラー志村喬だが、本作では伊藤雄之助と役を交替した?らしくまたしてもも悪役!
    三船敏郎の言う「(城代家老は)自分がバカだと言われてる事を気にしないだけでも大物だ!」及び「人は見かけによらないよ。危ない、危ない」黒澤明の人生哲学かもしれないが、私の好きな言葉です。

  • 80点 おちゃめ三十郎カッコイイ!

    2008-05-12  by バナバナ2

    初めて観ました。

    仲代達矢が、「あの男は虎だ」と言われる割には
    、おしゃべりで抜けているので拍子抜けしたけど、コメディだから悪役もそれでいいんでしょうね(笑)。

    他の方のレビューを見たら、先に「用心棒」を観てからの方が、暗い三十郎と明るい三十郎を比較できて、もっと楽しめたみたいですね。
    小林桂樹さんや、奥方に殺生を諌められて首をすぼめたり、のの地を書いている三十郎がかわいかったです。

    普段、テレビの時代劇をたまに見るくらいの人間には、悪役一味や、お触書を見ている藩士の人数の多さに圧倒されました。
    そして、こんなラストの立会いも初めて。
    色々と斬新でした。

  • 70点 「椿」の気持ちはわからない

    2008-05-22  by ホワイトファング

     河東碧梧桐による「赤い椿白い椿と落ちにけり」の句がモチーフとされているのだろう。庭園を支配する「静」。椿が枝を離れる「動」。落ちて地面に触れる幽かな音。次々と繰り返されるこの「静」から「動」。人間世界で何が起ころうが、そのリズムが乱れることはない。樹木の息吹に合わせた垂直運動と、邸内の疎水がそれを流し運ぶ水平運動。小宇宙の運行を思わせるこの営みに、「お家騒動」という、すこぶるつきに俗っぽい諍い事を対比させる試みの面白さ。まったく、人間なんてやることなすこと愚かしい。虚しい。こざかしい。ろくなもんじゃない。せいぜい笑い飛ばすしかないじゃないか。

     腕に自慢の料理人が集まって、吟味を重ねた具材を惜しみなく使い、器は蒔絵の施された輪島塗。この色彩的な空間を「椿屋敷」として具象化するのに白黒映画という枷を自らにはめる。その手法はきわめて禁欲的だ。この態度がすがすがしいまでに潔い。
     ただし、料理自体は京懐石でもなければフランス料理のフルコースでもない。たとえていえば、インスタントラーメンだ。そもそも「お家騒動」なるものが、コップの中の権力争いに過ぎない。もっとも、将軍家や御三家の「ご落胤」でもからんできて、裏柳生や黒鍬者が暗躍する、なんていう筋立てなら、ちとスケールは違ってくるかもしれないが。

     念のために付け加えれば、インスタントラーメンというのは、いまや日本の大衆食文化を代表しているわけであり、べつにこの映画をおとしめようと言っていることではない。大衆食材に贅を凝らす、というのは、それはそれでなかなかオツなことではある。行列に並んででも一度は是非、という気分になる。

     さて。『用心棒』の「続編」として製作されたこの映画。
     三十郎の浪人生活も歳月を重ねたことで、ごつごつとした部分がかなり世間の波に洗われているようだ。また、前作でぎりぎりのところまで煮詰めたキャラクターを「鞘に収まらない抜き身の刀」と相対化して見せるなど、脚本の狙いとするところはよくわかる。では、この狙い、前作のように、寸分たがわず的を射抜くことができたのだろうか。

     この映画は時代劇である。とぼけた味わいに溢れた娯楽映画でもある。でも、「痛快」だったか?ほんとに痛快?
     痛快、というのは、自分的にいえば、日頃のうっぷんがすべて吹き飛び、ヒーローの活躍にやんややんやの拍手喝采、溜飲は下がるわ血糖値は上がるわの大騒ぎ、そういう非の打ち所もなければ一点のくもりもない爽快感をもたらしてくれるものに対する最大級の賛辞の言葉だと思っているけど。で、この映画は、ほんとに「痛快」だったのか?

     はっきりいって、どうにも「痛快」とはほど遠い、ぞわっと「不快」な場面の印象があとあとまで消えない。なにしろ「全員殺しておかなきゃこちらの企みがばれる」という状況では、容赦なく敵方を殺戮。ひとりたりとも生かしておかない。逃げまどう小者、としかいえないような相手にさえ、爪の先ほどの慈悲もかけやしない。ここまでは前作『用心棒』にも似た場面はあった。ここからが少しばかり違う。今回、三十郎氏は、逃げまどう相手を背中からばさり。「助けてくれ」と泣き叫んでいるのに背後から斬りつけるヒーローというのはあんまり見た記憶がない。ある意味、これはすごい。鬼気迫る、とはまさにこのこと。ヒーローというのは、みんなの正義のためならば、ときには心を鬼にも蛇にもするものだ、ということを体全体で表現している、ということか。ただ、残念なことに、前作ほどの周到な脚本ではないため、見ていて「何も殺さなくても」という思いをぬぐうことができないのだ。「手前たちのおかげでとんだ殺生したぜ」と苦虫をかみつぶしたように云うセリフが用意されてはいるんだけどね。味が濃厚すぎると思えば、すぐに砂糖やみりんでやわらげる。名人・名匠のそんな心配りも、ここでは空回り。前作であれほど絶妙なバランスで成立させ得たキャラクターが、この一事のためにぐらぐらよろめきつんのめり、泥にまみれてしまった、と思えて仕方がない。せめて「続編」とは銘打たずに製作してほしかった、と言ったところでいまさら詮ないことなので言わない。

     戦後17年。製作された時代背景、というものを考えれば、まだまだ世の中には実際に戦地で、あるいは空襲で、忌まわしい経験をした人も多かっただろうし、こういう「ヒーローの残虐行動」に対する感度には現在との落差もあっただろう。だから、「同時代の視点」がこの描写(ウシロカラバサリ)にどのような評価を下していたのかはわからない。でもいまはどうなんだろうね。これだけ平和ぼけしていて、ヒューマンなるものの価値がインフレを起こし、崖っぷちに取り残された一匹のイヌの運命に日本中が固唾を飲む、という現実に取り囲まれて、けっこうそのぬるま湯に肩まで浸かっておきながら、この映画のこういうシーンを、ほんとうに「痛快」として割り切って受け容れるのか?受け容れたって別に全然かまわない。受け容れたい人は胸をはって堂々と受けれればいい。ただ、これを受け容れるなら、ほかにもあれやこれや受け容れてあげないと、つじつまが合わなくなるぞ、きっと。

     たぶん、こういう場面は、薄目を開けて、見て見ぬふりをする、いや、見なかったことにする、というのが正しい鑑賞法なんだろう。、「製作当時の時代背景や作品全体の製作意図を考慮して、問題のある描写には目をつぶりました。」というテロップを脳内スクリーンに映し出して自分の中に二重構造を造り、その内側に閉じこもればそれで済む。大人の分別とはそういうもの、世間とはそういうもの。で、わたくし、まだ、分別というものに、かなり欠けているのです。

     朱色の液体に一粒の水滴を落としても朱色は朱色のままだ。
    では、逆の場合は?・・・たとえ一滴に過ぎなくても、「朱色」の持つ破壊力はすさまじい。そのように、脚本中のたったひとつの瑕瑾がキャラクターイメージを反転させてしまうことがあり、それがしいては映画の印象にまで影を落とすことだってあるのだ。この映画のこの場面こそ、自分にとってはそういう「瑕瑾」だ。これは、断じて単純な加減計算で片付く問題ではないぞ。

     まあ、あまりごちゃごちゃ言ってると、「ええい、やかましいっ」と、どこかから三十郎が現れ、背中からばさり、両断されてしまうかもしれないから、ここのところは小さい声で。裏声で。自信なげに。少数意見らしい謙虚さをもって。・・・本当にこの娯楽時代劇は、無条件で「痛快」・・・ですか?白い椿は血の色に染まって落ちてしまったとは思いませんか?

  • 100点 超一流のB級的感覚。

    2007-12-07  by ekoeko

    ずっと昔に観ただけで
    もうすっかりと忘れていました。
    なんか
    『用心棒』とごっちゃになっていたりして。
    ほんで
    DVDで観なおしてみました。
    こういうのがやっぱり
    クロサワの本領発揮という感じがします。
    超一流のB級的感覚とでも言いましょうか。
    ぐちゃぐちゃとした心理描写なんか
    いっさいなし。
    さっと鮮やかに決めて
    あっけなく終わらせてしまう
    みたいな感じ。
    森田芳光監督のリメイクを観て
    クロサワのすごさがわかりました。
    だからまた
    『生きる』みたいなのつくっちゃうのは
    ご本人の錯覚だとしか思えないわけですが。

  • 100点 本当に見事な椿ですこと。

    2007-11-10  by 名画座の怪人

     ラストの三十郎と室戸半兵衛の斬りあいは映画史に残る名シーンではあるまいか。
    盛り上げておいて、一瞬の抜き打ちで勝負が決まる。あっけないけど迫力のあるシーンだ。
    多人数とお約束のチャンバラやって見得を切るだけの並みの時代劇とは一線を画する。
    ジョージ・ルーカスに見せてやりたい。レーザーソードでぶんぶん斬りあうだけじゃ退屈だっての。

     さらにその後の若侍たちが引き止めるのを振り切って立ち去る姿の格好良さといったら。「いい刀は鞘に収まっているものだぜ」
    そのまま留まれば仕官もかない立身出世が望めるものを。
    立ち去るまえにチョッとだけ名残惜しげな表情をするのも印象的。
    全てを振り切っての捨て台詞。「あばよ!」
    し・び・れ・る・ぜ〜。

    コレを読んでる手前ぇたちもチャンと鞘に入っていろよ!
    失礼〜(^^♪)

    ♪ズンチャチャ ♪ズンチャチャ ♪ズンチャチャチャ

  • 90点 「椿三十郎」ってタイトルからして、良いね・・・

    2007-07-08  by もこみち☆

    前作「用心棒」のPart2と言う事で
    酷評する評論家もいるけど、いやいや
    、さすが黒澤映画!完成度高いです。

    三船敏郎が、殺陣の参考にと、ラグビ
    ーか、アメリカン・フットボールをよく見て
    いたとの事ですが、体ごと突っ込んいってブッタ切る!この迫力は、
    「用心棒」同様、ものすごいです。

    深夜番組で、12月公開の織田裕二版
    「椿三十郎」の宣伝をしてますが
    脚本は、黒澤映画のをそのまま使う
    との事で、今からとても、楽しみです。

  • 80点 痛快というよりは・・あっけらかん

    2005-05-25  by 未登録ユーザひろたん

    「黒澤明の倫理観は中学生並」という話を聞いたことがあります^^;。
    本作でも、善玉は一人も死なず、悪い奴らは斬られまくり。シリアスな前作「用心棒」より、コメディタッチの本作の方が三船敏郎に斬られた人数は圧倒的に多いでしょう。
    善玉の若侍達はみんなバカで無能、悪玉の仲代達也にしてもかなり間抜けで、三船一人がスーパーマンでした。
    キャラは全然違うけど、設定的には「シェーン」とかぶります。
    黒澤作品は時々、現代のスピルバーグなどに通じる「子供っぽさ」が垣間見えます。だから、アメリカで受けるのかな?

    しかし、冒頭の若侍達の話し合い、三十郎の登場・やり取りから一気に舞台背景を観客に理解させ、展開する演出はもう、「見事」としか言いようがない。
    「倫理的には?でも、クロサワはやっぱりスゴイ」と思わずにはいられません。
    三船敏郎の超スピード殺陣と合わせ、こういう映画はもう見れないですから・・・残念!

  • 80点 用心棒の娯楽版リメイクって感じ

    2004-12-06  by 理屈屋

    黒澤監督作品「用心棒」で対立するやくざ一家を壊滅させた、姓不詳三十郎(もうすぐ四十郎)が、今度は武家社会で大暴れって作品です。
    用心棒では重苦しく死の匂いを漂わせていましたが、椿三十郎では、多分当時のアイドルだったであろう加山雄三さんらを登場させ、とてもコミカルで音楽なんかもノリノリな感じです。
    自分としては、用心棒の方が好きですが、椿三十郎の方がとっつきは良いかも知れません。若侍や奥方やご家老などちょっと違った味付けもいいです。
    楽しく見られる娯楽時代劇です。お勧めです。

  • 80点 切れが良い

    2004-11-18  by アキラ

    「大人しく鞘に納まっていろ!」
    なるほど、これが言いたかった訳か。
    前作同様見事な展開のトリックにしてやられた。
    同じく侍を扱った『七人の侍』でも『用心棒』でも
    あのダイナミックなアクションが話題になる黒澤時代劇だが、
    実際に戦っているシーンは意外と少ない。
    三船の殺陣の鮮やかさだけに頼っている訳ではなく
    脚本構成の妙こそがここまで見る者を釘付けにする。
    見事なかけひきや仕掛け合いに呑まれてゆきます。
    黒澤時代劇の中でも特に切れが良い作品です。

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