殯の森
『殯の森』を価格比較。★★★(58点)『殯(もがり)の森』に対するみんなのクチコミ情報などもあります。
| 監督 | 河瀬直美 |
|---|---|
| 出演 | ますだかなこ,斎藤陽一郎,尾野真千子,渡辺真起子,うだしげき |
| 発売日 | 2008年4月25日 |
| 定価 | 4,935円(税込) |
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商品詳細情報
| 販売元 | NHKエンタープライズ |
|---|---|
| 発売日 | 2008年4月25日 |
| リージョン | 2 |
| ディスク枚数 | 1 |
| 形式 | DVD |
映画生活ユーザーによる「殯(もがり)の森」のレビュー
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独りよがりの森2008-01-09 by
のびた
どうも僕はカンヌ映画祭とは肌が合わないようで、ここで賞を取った作品でこれというものと出会った記憶がありません。
この映画に至っては、監督の妄想としか思えませんでした。
まず、老人は走りません。町のマラソン大会位でしか、走っている老人を見たことがありません。それに、認知症とは、愛する人のことさえ忘れてしまう、哀しい病気のことではないでしょうか。
認知症の人が、亡くなった妻のことを忘れられないって、矛盾してませんか。
他のことはすべて忘れても、妻のことだけは忘れないという、それほど強く一人の女性を愛していた老人なんだという、強引な設定なんでしょうか。だとすれば、やはり若い女性監督の、こうあって欲しいという、妄想ですね。健康な男の人だって、妻のこと忘れて毎晩飲み歩いてるんだから(だ、誰のことだ?)。
リアリズムっぽく撮っていながら、雨に濡れた木に火をつけたりと、リアリティの欠片もありません。墓参途中で深い森に迷い込むって、妻の墓はどうしてそんな不便なところにあるんでしょう。
そもそも何の説明もないものだから、今、何が行われているのか、さっぱりわからないんです。こんな不親切な作りでいいんでしょうか。
監督は寓話のつもりなんでしょうが、監督の想いだけが、頭でっかちに膨らんで、僕にはとても付いていけませんでした。
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キーワードは、、、、2007-07-21 by
バード
冒頭の、、、村道を皆で行列しているシーンがなんだかわかりますか。
現在の日本ではもう見られませんが、いや奈良のあの地方ではまだわずかに残っているそうですが。
死者を送る行列です。
山にまでは運んでいって、土葬をするのです。火葬ではないのです。
→自分の感覚では、土葬の場合、いつか愛しい死者とあえるのではないかと、いう希望が残るのでは。
→そこを踏まえれば、主人公の認知症の気持ちがよく分かるようになると思います。
→この映画が欧州で評価されているのは、土葬の習慣があるからではないでしょうか。
→現代の日本人には理解しずらいのはしょうがないでしょうか。 -
死生観2008-04-18 by
牧坂満
映画の完成度は正直まだ発展途上と言う気がしますが…と記述されている“baad”さんの意見に賛成です。また第60回のカンヌ映画祭では、政治や社会に抑圧された人々の悲しみや、死を正面から見据えた映画が高評価を受けたようですね。
映画公開前にNHK・BSが特別魁放送をしたものを観賞しました。映画は死生観を盛り込んでおり、老人認知症患者と若い女性介護士の葛藤でそれを描いています。死の想起、自然の詩情、日本の原風景の森羅万象などを考えさせられる瑞々しい映像を堪能することが出来ました。
しかし、枯れ木を亡き奥さんの墓だという設定は不可解でした。 -
日本の景色2007-06-09 by
kero0712
稲の葉の緑、茶畑の葉、森の木々の緑、日本の景色は、こんなに豊かなんだと感動します。スクリーンで見たら、もっと雄大だろうと思います。
それに、主演のうだしげきさんが凄い・・・俳優さんでなくて・・・でも、凄い。何ていっていいかわからないが圧倒的な存在感があります。
映画は、ドギュメントのようで、淡々と進みます。映画でないような感じ?作り物というより、「そのもの」という感じを受けました。喪失感よりも「生きている・生きる」ということを強く感じました。
きっと、しげきさん、幸せだったんだなと・・・
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癒し 癒され2008-05-04 by
しゃんと同盟07
冒頭の風に揺れる森の樹木や村の中を進む葬列の描写、
そして、茶畑の緑の美しさはさすがだと思いましたが、
作品として、監督さんの手腕はまだまだだと感じました。
自然体での演出もわかるけど、肝心のせりふが聞き取れず、
字幕(DVD版で英語しかでない)を表示して、やっと理解できたほど。
老木にたどり着くシーンでは
カメラアングルがあまりに素人っぽいので
環境保全のために、極力手持ちカメラに
せざるを得なかったのであろうと
勝手に推測していました。
ただ、川の鉄砲水のフラッシュバックのシーンで
マチ子さんが感情を吐露する演出は胸に迫るものが
あり、ここから二人の関係も変わる。
人は癒すことにより、癒されるのだと思います。
そして、人は自然(土)の一部で、
これまた、生かし、生かされている。
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色々な意味で2008-02-03 by
Baad
すごい映画だと思います。凄まじいエネルギーと個性ですね。訴えたいことがストレートに伝わってくる映画だとは思いませんでしたが、役者さんへの演出(これはすごく上手い)以外の表現は生のものがストレートに伝わってくるので、作品で意図したこととはおそらく少しずれたことが伝わって来てそれが結構大事なことなのかもしれない、という部分でとても面白い映画でした。
映画の表現としてはこなれていないけれど、人を野放しにしておいたら何でも起こりうるんだな〜、とか、少しだけ人の手が入った日本の森というのはやはり旧大陸の人からしたら羨ましい調和のある美なんだろうし、大事にしなければならないな、ということが(勝手に?)伝わって来て味わい深かったです。それと、この映画サイレントの時代に作られていたら娯楽映画としても面白かったと思いますね。人の動きがことごとく見ている人の予想を裏切るので飽きることがなく見られました。
この作品や「ペルセポリス」がコンペで賞を取ったということは、去年のカンヌはよくも悪くも手垢のついた表現法を駆使した保守的な映画が多かったんでしょうか。
映画の完成度は正直まだ発展途上と言う気がしますが、奈良の人たちは見捨てずに大きな心でこれからもこの監督に付き合ってあげて欲しい、と思いました。 -
不可思議な映画???2008-01-15 by
かんたろう
私は老人福祉に大変興味を持っていたので期待して観ました。が・・・???。この映画の設定において、故人の妻を忘れられないしがらみをもった老人って、認知症かな? ・・・とまず疑問を感じたのです。が、そういう認知症があるというならば、まったく新しい視点であり、発見です。どうなのでしょうか? そして、全体に映画の主張は何だったのでしょうか。
そうこう考えた時、もっと不自然さを感じたのですが・・・それは、不測の事故が起こり、脱輪してクルマが動けなくなり、助けを呼ぶ段階で、なぜその場から離れたのでしょうか?なぜ、携帯を使わなかったのでしょうか? 携帯は使えたのですよね。だって、その後森の中で、携帯が鳴っている場面がありましたから。また、あれほどに元気な老人を(足腰の)ほったらかしにしたらとても危険なこと、わかりますよね。若者が息が切れる程の体力の持ち主ですから。映画では無理やり、妻を求めて森の中へ連れ込もうとした設定があったからでしょうか。認知症の方を身近に見る者としては、もっと真剣に問題提起するか、新しい視点の提起をして欲しいと感じました。
この映画が、認知症に関係なく、妻を失って疲弊した老人と、子供を亡くし、離婚という憂き目にあい、心が衰弱した女性が意気投合した話なら、アリかなと思います。ストーリーとしてつまらないかも知れませんが・・・。
本当に、残念ながら、同感したり感動したりする場はまったくありませんでした。感動とは別に粗雑な映画だなと思ったのは、雨上がりの翌日の洋服の乾ききった状態です・・・考えられません。認知症対策の一つの見方として期待した私の思い込みでしょうか。 -
生きる実感と癒し2007-09-23 by
Shiro
映画が終わったとき、率直に言ってだまされたように感じた。
ふたりが山にどんどん迷い込んで行くと、観客はこれから彼らがどのようにして救出されるのかとはらはらし、認知症の老人にあまりに無配慮について行く真千子にはらはらし、「山に迷ったときはむしろ頂上に向かった方が良いのだが・・」などと考えていた。ところが監督はもともとそんなスリルには無関心で、観客に対して二人の心象風景に集中して観るように求めていたのだ。そういうわけで映画が終わったとたんに何か肩すかしを食ったような気持ちになったのだ。
真千子と老人は共に、死んだ愛する者への思いのうちに生きている。どちらも似たりよったりで問題解決力のないそのふたりが、携帯の電波も届かず、出口のない森の中を彷徨する中で、次第にしっかりとしたつながりを作っていく。
この映画が取り上げているものは重い。老人介護、子供の死、妻の死、葬り。私もアルツハイマー病の母をかかえているが、観客の多くが何がしかこういう問題を持っているだろう。この映画は、そうした観客に、それらの向こうにある、生きる実感と癒しを感じ取って欲しいと言っているように受け止めた。だがそれは十分に成功していないのではないか。冒頭に言ったように、一番肝心なところで観客は肩すかしを食ったような気分にさせられるからだ。
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「想」と「狂」のあいだ2007-08-30 by
odys
人を想うことは「狂」に通じていると私は思っている。
例えばストーカー。被害者からすれば犯罪以外の何物でもないけれど、想っている側からすれば、自分の想いをどうしても相手に分かってもらいたい、という一念による犯罪なのだ。
それに対して、「本当に相手のことを想っているなら、相手の嫌がる行為はできないはずだ」という理性的な忠告をして、はたして効き目があるか。「本当に相手を想っているなら、あきらめられるはずがない。あきらめるのは本当の想いではないから。本当に想っているなら相手に自分の想いを分かってもらえるまで続けられるはず」と言い返されたら、どう答えればいいのか。
(念のため。だからストーカーは犯罪にならない、と言いたいのではない。)
他方、相手が死んでいる場合はどうだろう。この場合は、いくら自分の想いを相手に押しつけようが、相手の迷惑にはならない(まあ、相手の墓をあばいたりすれば別だけど)。しかし、受け止めてくれる生身の相手がこの世にいないという状況は、かえって「狂」をつのらせるのではないか。「想」が相手にぶつかって(たとえネガティブな反応であっても)返ってくることがないなら、「想」はひたすら拡散し、空を斬り、想っている人間をこの世から引き離し別の世界に連れ去ってしまうのではないか。つまり「狂」である。
私はこの映画を見てそんなことを考えた。そうした「想」と「狂」を描く舞台として、森にまさるものはない。決して分かりやすくはないし、大傑作だとも思わないけど、1時間40分かけて見るのには十分値する映画と評価したい。 -
驕(おご)りの森2007-08-26 by
次男坊
この作品の制作には自治体の大きな支援があったらしく、カンヌでの受賞後、河瀬監督は奈良県の県民栄誉賞を受賞しています。
まあ、地元密着の映画と言えば耳障りがいいのですが、いかにもお役所仕事、単なる観光プロモーションフィルム以上のものを感じられませんでした。
観光プロモーションと思えば、奈良の豊かな自然が描かれていれば、人物描写など二の次であることも納得できます。
薄っぺらな死生観と“善意の押し売り”もいかにもお役所仕事といった感があります。
しかしながら観光プロモーションにしてももう少しセンスよく撮って欲しいものです。これまでの河瀬作品と同様に長廻しを多用していますが、確固たる美意識をもって長廻しを使っているというより、「この監督、ひょっとしてカット割りを知らないのでは?」と思ってしまうくらい稚拙な撮影に閉口してしまいました。
「萌の朱雀」でカメラドールを受賞した時は、若干20代の女性監督の長編デビュー作ですから、拙い作品でも今後の期待票があったと推測しますが、10年過ぎて何ら進歩していない監督になぜグランプリを与えるのか、審査員のセンスを疑いたくなります。
つまらない作品でも一つぐらい評価すべき点が見付かるものですが、この作品についてはラストまで何一つ見付かりませんでした。
驕れる者も久しからず。河瀬監督は、国内での異常なまでの低評価に耳を傾けるべきでは・・・。









