パッチギ!LOVE&PEACE プレミアム・エディション
『パッチギ!LOVE&PEACE プレミアム・エディション』を価格比較。★★☆(53点)『パッチギ! LOVE&PEACE』に対するみんなのクチコミ情報などもあります。
| 監督 | 井筒和幸 |
|---|---|
| 出演 | 井坂俊哉.西島秀俊.中村ゆり.藤井隆 |
| 発売日 | 2007年10月26日 |
| 定価 | 5,985円(税込) |
価格比較
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amazon.co.jpによる解説
井筒和幸監督の代表作となった前作。舞台を京都から6年後の東京に移したこの続編では、アンソンとキョンジャの兄妹が「命」を巡ってさらなる試練に立たされる。難病の息子を治療するために東京へ引っ越してきた一家だが、若き父のアンソンは闇取引で治療費を稼ぐしかない。一方、妹のキャンジャはスカウトされて芸能界入り。在日である事実を隠し、持ち前の負けん気を活かして大作映画のヒロインへと昇りつめていく。
メインキャストは前作から一新。アンソン役の井坂俊哉は元サッカー選手だけあって、ケンカの場面もダイナミックに肉体を躍動させる。そんな彼以上にすばらしいのは、キャンジャ役に抜擢された中村ゆり。今回最も泣ける場面は彼女が一身で担い、そこでの気丈な演技は忘れがたい印象を残す。ただ、兄妹の父が体験した第2次大戦での悲劇も重なり、おなじみの曲「イムジン河」も流れるわりに、感動の度合いでは前作に及ばないかもしれない。それ以上にインパクトがあるのが、背景となった70年代の風俗で、とくにキョンジャの目を通した芸能界の舞台裏が面白い。「アイドル水中水着大会」での騎馬戦“ポロリ”など、ある世代には必見のシーンが満載なのだ。(斉藤博昭)
商品詳細情報
| 販売元 | Happinet(SB)(D) |
|---|---|
| 発売日 | 2007年10月26日 |
| リージョン | 2 |
| ディスク枚数 | 2 |
| 形式 | DVD |
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映画生活ユーザーによる「パッチギ! LOVE&PEACE」のレビュー
-
不愉快なダメ映画2007-05-19 by
無責任な傍観者
この作品が公開する直前にTVで前作を放映しましたが、前作で感動した人は本作を観るべきでないと思います。
あの溢れるばかりの生命の躍動感や、未来に対する意志/期待感は本作には皆無です。
一般的に言っても「ダメ作品」が的確な表現だと思います。
根本的に作品の出来は悪いです。どこかの同好会が作った方が気の利いた作品が出来そう。
ストーリーは中学生の作文コンクールに出てきそうなほど陳腐。
しかも、「貧乏だけど闘っている」はずの主役たちに生活感がないから、どのシーンも緊張感がなく退屈そのもの。
作品全体に流れる精神は、卑屈で陰湿な被害者意識の垂れ流しで、それをこじつけるための無理矢理なシナリオが一杯なためにストーリーの中に入り込むことが出来ません。
例えて言えば、飲み屋で見ず知らずの悪酔いした酒癖の悪い酔っぱらいに絡まれて、聞きたくもない支離滅裂な与太話や愚痴を2時間聞かされ続けたような感じです。
とても「自腹」で観るような作品ではなく、時間の無駄どころか得も言われぬ不快感が残ります。
井筒監督は自分が作ったこの作品の中のシチュエーションと同じ立場に立ったらそれを許容するのだろうか?
観ながら彼の軽薄さ/欺瞞性を感じました。
この作品の感想を簡潔に書くと、
「だったら、グダグダと卑屈で醜悪な能書き垂れずに、サッサと故郷に帰れよ!」
点数は当然0点。何一つ評価するところがありません。 -
暴力が凄い映画2007-05-28 by
ストーンズ
井筒監督って反戦とか平和とか偉そうな事言ってるけど、
いつも傲慢な態度だし、作る映画もエロ映画とか暴力の
描写が酷すぎる映画が多いので違和感があります。
この映画も同じでした。
あと、何故この映画ではわざわざ北朝鮮の主張する嘘の
歴史感で描かれ、朝鮮人はとことん善人であり、日本人は
悪人という風に描くのでしょうか?何か北朝鮮や日本の
朝鮮総連の指示で出来た映画のように思いました。
たぶん在日朝鮮人、韓国人は100点を付けると思うけど、
日本人はこんな不愉快な映画には0点を付けると思います。 -
井筒監督2007-06-05 by
jimny
ある番組で評論家の三宅久之と口論になり、後に自身の
コラムにおいて三宅にパッチギ(朝鮮語で頭突きの意)
を食らわそうと思ったと書くなど映画評論以外にも過激
な発言が目立つ。
以前より映画『ALWAYS 三丁目の夕日』については
否定的で至る所で酷評していた。しかし日本アカデミー
賞が催された後の2006年3月16日付けの東スポにて
「初めて見たが学芸会もいいとこ、4コマ漫画もいい
とこで、こんなゲテモノがアカデミー12冠だったのかと
改めて吃驚した」と語っており、今まで同作品を見る
ことなしに批判していたことが判明した(このときも
見ている途中で寝入ってしまったらしく、全てを見ずに
批判している)。
---------------------------------------------------
映画、「俺は、君のためにこそ死ににいく」に対して、
映画監督の井筒和幸氏が、「戦争の美化はアカン。
若者を右へならえさせたいだけ」と批判した。
その発言に対して、この映画に主演した窪塚洋介が、
「この映画を見て、戦争賛美だというヤツはアホだと
思う。もう一回見た方がいい。見る前に言うヤツはアホ」
と発言。
-------------------------------------------------
素人ならともかく、見もしないで
勝手に他の映画を酷評するなよ。
そういえば、世界の黒澤と言われた黒澤監督の映画も
井筒は酷評してたと思う。それで、自分の作った映画
といえば、ピンク映画か暴力映画、あとは得意の在日
朝鮮人を賛美し、日本人を酷評する映画・・・。
話にならないよ。まあ、井筒監督は朝鮮人らしいから
在日や北朝鮮を賛美するのは仕方ないけどさ。 -
これ、ダメでしょう2007-05-20 by
TAKEGON
パッチギ1は、監督の思想的なものを反映した(と思われた。が、今回の映画で確信に変わった)一部のシーンにひっかかりを感じたものの、良くできた青春映画と思いました。
本作は、アンソンと子どものその後ということと、配役が変わっていることは承知してましたが、数年後の物語なのに、何で同じ人が出ないのか?と不思議でした。しかし、「こんなストーリーなら出たくない」と思う人もいたのではなかろうか。
始まってしばらくして、え、、?この人がキョンジャなので??と思ったら、キョンジャでした。
1ではふっくらしてたのに、今回のヒロインの方は別のタイプ。ここ数年の間に相当な苦労をしたか、無理なダイエットをしたんだろう。と自分を納得させましたが、「役柄に相当するほど美人度が高いか?」については最後まで納得いかんかった。
アンソンも1では「切れたら何するかわからんオーラ」があったものの、この人では迫力不足。
本作は誰に見せようと思って作った映画なのでしょうか。アンソンの不法行為やその一味の横暴シーンの正当性は何でしょう?あんな在日一家が近所にいたら嫌だなあ。
そんなに日本に不満があるならとっとと出ていけば良い。マジメに生活している在日の方々は彼らの行動に共感できるのだろうか。
途中からの劇中劇は、ある映画を揶揄する内容になっていて、この映画の制作意図は「そいつにパッチギ」ということに気がつきました。が、この程度の内容ですと「パッチギ」になってない。「屁のツッパリはいらんですよ」とキン肉マンに言われそう。 -
駄作です2007-05-23 by
ラッコ
井筒監督のすべてが否定されても仕方のない作品。ここまで退屈でひどい映画は久々に観た。
-
ここは朝鮮ではないよ。2007-05-19 by
tamago8tamago
一作目より酷いです。あの戦争とかの頃のはいらないよ。
何で日本なのに朝鮮や韓国人の主張する嘘の歴史を描くの?
これじゃあ、また嫌韓が増えるだろうな。
実は良心的な在日の人は、こんな映画には
迷惑してるんじゃないかな? -
嘘が多い2007-06-02 by
吉田
戦後の在日朝鮮人による、強姦事件などを考えると
嘘ばかりで歴史に反すると思います。 -
面白いけど/★★★2007-05-22 by
odys
最初に私の立場をはっきりさせておく。というのはすでにこの場所で、政治的立場を優先させたレビューがいくつも書かれているからだ。おのずと、点数は満点かそれに近い点数、もしくは零点かそれに近い点数となる。つまり両極端に片寄ることになる。
私はそれらに与しない。私はこの作品に限っては政治的な立場を優先しない。映画として面白いかどうかを優先させる。
繰り返すが、それは「この作品に限って」である。つまり、この映画の特質を考えてのことである。映画によっては政治的な立場を優先させて論じるべき作品もあるだろう。しかしこの映画は、多分井筒監督の意図を裏切って、そうではない作品に仕上がっているのである。
私は井筒監督が政治的な思考家として優れているとは全然思わない。むしろその思考は穴だらけである。しかし彼の天性の映画作家たるところがこの作品にもはっきり表れている。私はそこを買う。その一方で政治的な思考家としては低能力であるがゆえに減点もせざるを得ない。したがってこの点数である。
まず、この映画は前作の続編ではなく、「もう一つの在日の物語」と見るべきだろう。たまたま兄妹の名前が同じだと思っておいた方がよい。場所も京都から東京へ移っていることだし、俳優も入れ替わっているし、何より前作のキョンジャの相手役が姿を消している。無理に前作との連続性を求めないほうが自然だし、またそうしたほうが映画として面白く見ることができる。そういう見方をするなら、この作品には映画としてすぐれた部分が少なくないことが分かるはずだ。ケンカのシーンにしても、難病をかかえた子供のエピソードにしても、東北地方から上京して国鉄職員として勤務していた男の物語にしても、いまどきこういうお話を映画に盛り込むとダサい感覚がつきまといそうなのに、それなりに見せる映画に仕上がっているのは、映像作家としての井筒監督の力量だろう。そこは率直に認めるべきだ。
しかし欠点も少なくない。
まず、キョンジャの生き方に無理が感じられる。底辺での暮らしから抜け出そうとして芸能界を目指すところはよい。だが西島秀俊との関係では、彼がどういう男であるかは彼と以前付き合っていた女優の忠告からも、また芸能界という場所の特質からも明らかなのに、行為の直後に「親に会ってくれ」というのは変である。そもそも、上村一夫の有名なマンガ『同棲時代』が72年から雑誌連載を開始して大人気をはくし、「同棲」という言葉が流行語になっていた時代なのである。ここで井筒は時代感覚を完全に無視している。
だから西島が何を求めているかは最初から分かっていなければおかしいし、またそれほどにキョンジャがウブなら、その後すぐにプロデューサーの部屋に行って映画の話をまとめるほどの「したたかさ」を持っているのはなお変である。ついでに、そうまでして映画出演を勝ち取ったのに、封切時の爆弾発言は輪をかけて変である。つまりキョンジャの人物設定に明らかな無理があるというしかない。それは。彼女が在日であるが故に西島秀俊から「人種が違う」と差別されたり、爆弾発言の場所がなければならなかったり、主人公が「反戦平和」の思想を持っていなくてはならないという、理念上の要請から来る無理なのである。
あの頃、つまり70年代半ば、たしかに在日は今のように素性をおおやけにはしずらかったと思う。けれども、当時活躍した山口百恵が在日だという噂がありながらも引退まで高い人気を保ち続けたように、芸能界に在日が多いというのはいわば公然の秘密だったし、そう言われてすぐに人気が落ちるというわけでもなかった。山口百恵は、歌の上では奔放なイメージを振りまいていたが、その人気にもかかわらず80年に三浦友和と結婚してあっさり引退し、引退後は「友和さん以外の男は知りません」と言ってのけた。見事なものである。そうした見事な実例を私たちはすでに知っているのであって、それと比べるとキョンジャの生き方の不自然さと無理とがはっきり浮かび上がってくると言うしかない。フィクションはとっくの昔に生身の在日自身の生き方に追い越されているのである。
それと、女子挺身隊の話が回想として出てくるけれども、ここはかなり問題がある。女子挺身隊は従軍慰安婦とは別物だが、しばしば混同されており、この映画は混同されることを目指していると言われても仕方がないだろう。なおここのレビューで、従軍慰安婦の強制連行を最高裁が認めたと書いている人がいるが、最高裁が認めたのは中国についてであって、朝鮮半島については資料がそもそも公になっていないのであるから判断のしようがないし、今のところ「強制」の証拠は挙がっていないと言うしかない。また労働者については、「強制連行」という言葉を用いることが不適切で「徴用」と言うべきであることは、私は前作のレビューですでに指摘した。
この映画は、サイゴン陥落によってヴェトナム統一が成立したとの報道に接して、朝鮮半島も統一されればという希望を在日が述べるところで終わる。朝鮮半島からもヴェトナムからも遠く離れた在日がそういう希望的観測を抱くのは分からないではないが、それは逆に言えば彼らがいかに政治的にウブだったかということの証拠でもある。(井筒監督もウブな人だからそのレベルでの描写なのだと思えばよい。)実際、当時の韓国政府は今よりはるかに反共的であって、ヴェトナム戦争には米国に協力して兵士を派遣していたのである。韓国兵士と当地女性の間に子供が生まれて問題になったりもした。つまり、キョンジャの反戦的な思いは、同時代の韓国政府自体によって裏切られていたのであって、在日が反戦平和を訴えたいならば、昔の日本を問題にするより先に、彼ら自身の故郷であるはずの同時代の韓国政府に向かって「ヴェトナムに兵士を送るな」と要請することのほうが先決だったはずである。そして統一されたはずのヴェトナムからは大量のボートピープルが海外に逃げ出し、ヴェトナム統一の内実が問題とされるのは、このすぐ後のことだ。この映画での在日の政治的な発言は――当時の日本人にも多く見られたことだが――きわめて浅いレベルにとどまっている。
井筒監督はこの映画で石原慎太郎を揶揄しているようだけれども、私は井筒と石原は実は似たもの同士なのではないかと思う(ただし石原の映画は見ていないが)。「ラブ&ピース」と副題がついているけれども、『パッチギ!』は正編もこの続編もケンカの映画である。井筒はケンカが好きなのだ。ケンカが好きな人が「ピース」と言うのは筋が通らない。そして戦争とは国家間のケンカである。井筒は内心では戦争映画が作りたいのではないか。私はふざけているのではない。本気である。(共産党批判を熱烈にやる人は、実はかつては共産党シンパであった場合が多いのである。)
最後に俳優について。沢尻エリカに代わって中村ゆりがヒロインとなった。私個人の好みだが、中村の方を買う。沢尻はキレイだが、キレイさがもう一つ心情の表現に結びつかない印象がある。中村は美貌であるのに加えてその点でも申し分ない。アンソン役の井坂俊哉とあわせてキャスティングはベストだと思う。 -
日本でこんな反日映画作る神経がわからん2007-06-02 by
温泉たまご
前作はまだいくらか良かったが今回は余りにも反日な内容で正直あきれて途中で席を立ちました。井筒監督は日本人を拉致したテロ国家から援助を受けているらしいが、こういう馬鹿げた反日映画を堂々と日本で作る神経が解らない。
しかもこういう映画に文化庁が3000万円も援助金を出しているという狂った現状を聞いて椅子から転げ落ちたよ。オツムは大丈夫か文化庁。日本人は優しいといってもこれでは理屈が通らないだろ。 -
ナゼウソ歴史を書かないといけないのか?2007-04-17 by
大丸太郎
役者は熱演しています。話も井筒アクションとしてみれば面白い。
ただ、なぜ挺身隊=慰安婦、当時の日本合邦下の朝鮮で強制的な徴兵が行われていたかのような偽造歴史を描く必要があったのか?ヤップ島に徴兵忌避朝鮮人が逃げた?どうやって?あの戦時下で?朝鮮人向けのオデッサファイルがあったのか?
シネカノン製作なんでこれを書かないと映画化できなかったのか?見る人が見たらウソと分かるようなことを書くから誤解を受けてしまう。その意味で惜しい。(ただ、大阪の試写会で上映終了後の拍手はいったい何に対しての拍手だったのか??)
朝鮮人ウソ歴史描写があるからこの点数。それを抜いたら星4つの80点です。














