バベル(HD DVD)

『バベル(HD DVD)』を価格比較。★★★(63点)『バベル』に対するみんなのクチコミ情報などもあります。

バベル(HD DVD)
62点
監督 アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
出演 ブラッド・ピット.ケイト・ブランシェット.ガエル・ガルシア・ベルナル.役所広司.菊地凛子.二階堂智.アドリアナ・バラッザ.
発売日 2007年11月2日
定価 4,935円(税込)

 

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amazon.co.jpによる解説

モロッコで生活のために山羊を襲うジャッカルを撃つために銃を渡された兄弟。彼らはその腕を競い合うように発砲。その銃弾はツアーバスの女性客の体を撃ち抜いた。女性はモロッコに旅行に来ていたアメリカ人夫婦の妻。夫は家に残した子供たちの面倒をみている乳母に電話をするが、乳母は突然の出来事に驚き悩む。息子の結婚式に出席したい彼女は、やむを得ず、夫婦の子供たちをメキシコに連れていくことにした。一方、日本では、母親を泣くしたショックから立ち直れない聾唖の女子高生が愛を求めて町をさまよっていた。自分は誰にも愛されないのか、誰も抱きしめてくれないのかと心の中で叫んでいた…。
一発の銃弾が、モロッコ、メキシコ、日本を撃ち抜く。お互い見知らぬ関係なのに、その銃弾は彼らの人生に次々と暗い影を落とす。人生は突然、思いがけない事態に陥り、人々は悩み、苦しみ、ときには地獄を見る。しかし、そこから何かが生まれることもあるのだ。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトウ監督は『アモーレス・ペロス』のときから、人生のどん底をこれでもかと見せつけるが、決して登場人物を見放すことはない。必ずや長く暗いトンネルの向こうに細く差し込む光を描くのだ。モロッコ編で夫婦を演じるのはブラット・ピットとケイト・ブランシェット。メキシコ編で乳母を演じるのは『アモーレス・ペロス』にも出演していたアドリアナ・バラッザ。その甥をガエル・ガルシア・ベルナルが演じている。そして日本編は、女子高生役に菊地凛子、父親は役所広司。ブラッドはどうしようもない現実に苛立ち、苦悩しながらも、妻や家族への愛を確信する中年の男を力強く演じきり、菊地が演じる少女の孤独は痛々しく胸に突き刺さる。彼女の悲しみと怒りを讃えた瞳は見るものをとらえて離さないだろう。(斎藤 香)

商品詳細情報

販売元 ギャガ・コミュニケーションズ
発売日 2007年11月2日
リージョン 2
ディスク枚数 1
形式 HD DVD

関連商品

映画生活ユーザーによる「バベル」のレビュー

  • 100点 意思の疎通が不可能な現代社会

    2008-04-30  by 牧坂満

     湖面に投げ入れた石が波紋を広げていくように、モロッコで放たれた一発の銃弾が、アメリカ、メキシコや日本の人々の日常生活に影響をあたえていく構成が見事です。映画では、宗教や経済、人間の思考等が他の文化を侵食するまでに経過する時間は短時間内に起きてしまう現実を知らされました。

     何の脈絡もない筈の事件が奇妙に繋がり合っているという同時多発的な群像劇の手法はロバート・アルトマン監督が得意としていたものでしたが、AG・イニャリトゥ監督はアルトマン監督が垣間見せたユーモアさえも一掃しています。

     映画が訴えかける私たち人類を隔てるものは言語ではなく先入観なのではないでしょうか。異文化コミュニケーションは違いを乗り越えて人間を理解して信じる心にあるのでしょう。悲劇的な物語の結末にかすかな希望を滲ませるシーンは「羅生門」のようなヒューマニズムを思い起こさせる名作です。

  • 80点 どうこの映画を見るか

    2007-05-07  by りんぼ

    「21グラム」同様に時間軸の定まらない構成なので、一度見ただけだと疑問に思うところもありました。それを作品として粗と見ることも出来るだろう。それぞれが細切れになっていて、関連性としては決して整っているとはいえない。だが、それを芸術性という言葉で片付けるのも違う気がする。
    恐らく、そういう粗はこの映画には内在している。ただ、そういうところに着眼してしまうと、この映画から読み取れるものを見逃してしまう気がして、私はそういう部分には目を瞑った。そうして、ここにいる登場人物の心情といった部分でだけ着眼するような気持ちで映画を見た。
    その結果、この映画は愚かしさから始まる人々の悲劇を題材にしていますが、決して悲劇のみの映画ではない。私にはこの映画から垣間見れる希望のようなものを感じた。

    この映画では明確な悪人という者が存在しない。あのメキシコの甥にしても極めて愚かではあるが、悪意は無いのだ。だが結果的に彼等は悲劇に見舞われる。モロッコの兄弟にしても実に子供っぽい愚かさで悲劇に見舞われる。観客は誰だってもっと上手く立ち回れば良いのにと思うだろうが、現実には上手くことが運ばない。そういうやるせなさが世界の姿でもあるだろう。
    この全編の中で東京のエピソードはやや番外の位置にある気がする。チエコの印象はやはり強い。彼女の脱ぐという行為にエロティックなものよりも、どうしようもない孤独を感じる。あの嗚咽にどこにも行き場の無い閉塞感がある。確かに圧倒されるものがこの映画にはありますね。

    私はこの映画で、もっと救いようの無い結末を迎えるのでは? という予想をしていたのだが、必ずしもそれだけでは無かったのは意外です。当然のように悲劇的な死もあるし、ハッピーエンドなんてものは全く無い。だが、結果的に変化はあったと思える。モロッコの兄弟のエピソードにしても、変化はあったと思う。それを成長と言うには語弊があるが、やはり何かが変わった。
    特にラストシーンをあそこで締め括ったことに私は希望を感じてしまった。ただ、それは私自身が愚かさの果てにも、そうあって欲しいと願ったからだと言えなくもない。
    あと、蛇足ですが例のクラブのシーンは確かに強烈でした。事前に情報を得ていて画面を直視しないようにしたので大きな影響は無かったのですが、もし何も知らずに見ていたら私も気持ち悪くなっていただろう。つくづく私は映画に弱い;;

  • 100点 あるがままに愛することのできる素晴らしい映画

    2007-11-22  by 星空のマリオネット

    余り期待していなかったのですが、大変面白かったです。
    ショッキングな映像が挟まれた小難しくてわかりにくい話題先行の映画なんだろうと、勝手に想像していました。
    しかし、難しいことは考えなくても、或いは分からなくても、あらゆる場面をそこにあるがままに感じ、愛することのできる素晴らしい映画だったと思います。
    細々としたことを書き始めるときりがなくなりそうなので、一つだけ印象に残ったことを述べます。

    モロッコとメキシコの舞台には、いずれも南北問題というか民族間や国家間の問題が横たわっています。しかし、日本の舞台だけは異質です。
    そこは、そういったグローバルな世界からは孤立した別世界です。切り離された個人と幼い快楽と摩天楼があります。猥雑なネオンや雑踏とそれらとは対照的な物言わぬ高層ビル。

    しかし、土と砂漠にまみれた世界であっても、コンクリートの孤立した別世界であっても、血と肉の塊である人間に変わりはないはずです。この監督はそんな人間の愛の存在を見事に謳ってくれています・・・素晴らしいと思います。

    音楽も抜群に良かった。
    凛子がクラブに惹き込まれるシーンのアースウィンド&ファイアーの曲の登場ぶり。
    モロッコでのヘリコプターのシーンの民族弦楽器が繰り返し奏でる曲の懐かしくシュールな響き。邦画「冬の華」でクロード・チアリが爪弾いていたギター曲を思い出しました
    それに、ラストシーンの坂本龍一のチェロとバイオリンとピアノによる「美貌の青空」・・・

    この映画は、また何度か観てみたいと思います。

  • 70点 発想は興味深いが

    2008-07-21  by 夢寝由来

    全篇を通して素人っぽいハンディカメラで撮影したブレブレの画面が眼に辛くイライラさせられる。
    その疲労が爆発するのが例のディスコダンス場面だろう。
    1960年フランスのヌーベルバーグ(新しい波)を意識したような映画作りで私は苦手だ。
    一見バラバラな群像劇が一体どうやってつながるのか?を追いつつ興味津々と言いたいが生々しい映像が随所に現れて気分が悪くなる。
    警官の容疑者への拷問や親父が子供をひっぱたくシーンは実に不快で本作にくらべりゃサム・ペキンパー映画などは実にジェントルマンな作り方だと思う。
    最も印象深いのは勿論日本の菊地凛子のエピソードで彼女の存在感が数少ない価値だろう。
    ケイト・ブランシェットは本作で溜まったストレスを「インディ・ジョーンズ/クリスタルスカルの王国」で一気に発散させたのではないだろうか?
    個人的好みから言うと55〜60点程度だが二人の女優の熱演に免じて70点が妥当ですね。

  • 80点 どうしようもない虚無な哀しみ

    2008-09-06  by またたび

    予告編などから堅そうな映画だな、と思っていましたが意外と一気に見られました。
    語り口はゆっくりとしていても編集のテンポがもの凄く上手く最後まで飽きさせないし、基本的なストーリーがサスペンス仕立てとか、リアリティのあるカメラの動きなど非常に洗練されたテクニックの数々で目が離せなかったのです。これは凄いなと思いました。

    しかし、この映画の一番の見所はその語り口というよりも人々のすれ違いを静かに強烈に描いたところにあると思います。
    それが「どうしようもない虚無なすれ違い」で見ていてどうしようもなく哀しくなります。
    また、人間が個人ではいかに無力であるのかという点もよく出ていたと思います。

    そして、それをどこにも感情的にならないで引いた視点から語っていた演出に非常に感銘を受けました。深い説得力があるのです。

    ただ見せられるだけに終始するので、見た人によって感想は随分と変わるでしょう。答えを提示するタイプの映画ではありません。

    私はこの怒濤のような哀しみにはかなり見応えを感じました。

    それにしても坂本龍一のテーマ曲のなんと美しいことか。作品の質をワンランク高めるのに貢献しておりました。

  • 80点 ドミノはすべて倒れたか

    2007-05-31  by 根無し葛

    心身共に著しい消耗を強いられる映画でした。

    とくに東京パート。冒頭から、なぜか得体の知れない不安感にとりつかれてしまい、最初は小さな芽のようだったそれがシーンの積み重なるごとに増幅していきます。空気の薄い場所にいきなり放り込まれたような胸苦しさが広がり、手のひらに汗が滲んできてしまいます。場面が他のパートに切り替わると( どちらも重苦しい展開であることに変わりはないのに )その都度ふうっと安堵の息をつくありさま。

    問題となった「点滅シーン」では、自分でもすでにかなり「やばい」という自覚があったので、数分間、やむを得ず目をシャットダウンして自衛。それでも鼓膜を直撃する音響と瞼のうえで踊る光の反射が脳にイメージを送り続けるせいなのか、足元がぐらぐらと揺れるような感覚に襲われます。

    退席も頭をよぎりました。
    でも周囲の座席は全部埋まっていて、右側に座る女性たちも左側に座る夫婦連れも静かに鑑賞しているのに、ほぼ真ん中の位置に座る自分が騒ぎ立てるように離席するのもためらわれ、かろうじて踏みとどまったけど・・相当にしんどかった。
    ここにはこんなにたくさんの人が並んで座っていても自分にはなんの助けにもならない、だったらはじめから誰もいなければいいのに、と八つ当たり、罰当たりなことを思ってしまう始末でした。

    このシーンのあとはエンディングまで、とくに事もなく観終えることができたものの、我ながら、情けないほど緊張を強いられ、もどかしいような息苦しさに晒され続けた映画体験となりました。

    こちらはこちらでいろいろあったけど、スクリーン上でもみんなさまざまに大変そう。東京パートの彼女なんて、立ち入った事情は知るよしもないとはいえ、墓標のような夜の高層マンションのベランダにひとり立ったりなんかしていると、深い海の底にひっそり棲む魚になったような気分になってしまうんじゃないかと心配になります。水圧に押し潰されそうになっても、たくさんの光や酸素を求めたくても、ある決められた高さより上に行くことは許されない魚。

    音から遮断された世界が見せる夜景には、すこし気を抜くと体の輪郭が溶けだしていってしまうような危うさと不気味さが潜んでいるような気がします。それに抗うには自分自身の「あるがまま」の姿を確認して対峙するしかないのかもしれない。
    不吉な夜気も悪しき因果の流れも、皮膚で直に受け止めてはね返す。いまここに確かに「在る」自分のからだとその輪郭。

    もしも神さまがどこか遠いところで見ていたとしても、そこに「在る」、ただそのことで理不尽に「咎め立て」されたりする謂われはないって信じたいです。

  • 70点 確かに菊地凛子には瞠目

    2007-05-19  by 倉島穂高

     いろんな意味で『クラッシュ』と共通点が多いなと感じましたが、『クラッシュ』よりはだいぶ劣ります。キャラの立ち具合が半端というか、ムラがありますね。『クラッシュ』のほうは一人の人間の多面性がきめ細かく描写されていて、どの登場人物にもドラマを感じたのですが、こちらは非常に消化不良です。出演している役者たちの演技力にそれほど差があるとは思えず、スタッフの力量の問題という気がします。
     そもそもキャスティングのセンスがなぁ……。ブラピ、ケイト・ブランシェット、役所広司は、彼らでなければならない理由がさっぱりわからない。その中でもさすがにケイトの演技力は抜きん出ていて、与えられた役柄を120%の力で演じていましたが、三者とも役不足でもったいない。その一方で、間宮刑事なんかはもっと実力のある人を使うべきでしょう。渡部篤郎のニセモノみたいな役者ではなく、ここはどうあっても渡部篤郎クラスの実力者を据えなきゃ。かねてより噂はよく聞いていたガエル・ガルシア・ベルナル青年も、と〜ってもチャーミングでセクシーなラティーノぶりは楽しませてもらえましたが、彼の役者としての実力(があるかどうかは、実はよく知りませんが)を十分に活かした使われ方には見えませんでした。
     で、話題の菊地凛子嬢ですが。アカデミー賞ノミネート以前に、まずカンヌで話題騒然だったと聞きます。むべなるかな。彼女が高く評価された理由は、なにも聾唖の役柄をうまく演じたからでも、ましてやヘアヌードのせいでもなく、障害者のネガティブな感情を的確に表現してみせたからだと思います。映画やドラマに出てくる障害者って普通、悟りすましたようなキャラばかりじゃないですか。悲しみや憎しみが描かれることはあっても、「けなげないい人」が大前提になっていることが多い。障害者にだって健常者のティーンエイジャーと同じくらい欲望や苛立ちや怒りがたぎっているのだという、よく考えてみればあたりまえのことを、こんなに明確に描写した映画を私は観たことがありません。凛子嬢はその点をきっちり理解して演技していたと思いますね。終盤の嗚咽にもそれがよく現れていて、私は彼女がメモに何を書いたかは、説明されなくても全然構わないと感じました。相手の刑事役の人に彼女の演技を受け止める力量があれば、たぶん誰もメモの内容は気にしないと思います。そこがもの足りないのは、彼女のせいではなく相手役のせい。出番は少なかったけれど、歯医者役の人のほうが演技に説得力がありました。
     それから、凛子嬢はスチールで見るとたいして美貌ではなく、ムービーでもボーッと座っているような時はゴツくてあまり美しくないのですが、ひとたび感情が入ると別人のように生き生きといろんな顔を見せてくれるのですね。このメリハリのある表情の変化は西洋人の役者っぽくて、向こうの映画ファンにはウケると思います。逆に日本では嫌われるかも……

  • 90点 映画の力はバベルを超える

    2008-04-30  by あっしゅたむるすざっく

    見た直後は「日本の話しは要らないんじゃ?」っと思いましたが、「バベル」という題名に込められた意味を考えると、「なるほどねぇ」っと納得してしまいました。

    しかし、出ている役者それぞれの演技が素晴らしい!モロッコ人の役者とかどっから見つけてくるんでしょうか?菊地凛子の役も、菊池本人の事を知らなければ本当に聾の人が演じてると勘違いしていたと思います。ブラピも迫真の演技!その子役の女の子(ダコタ・ファニング?って思ったら、なんと妹でした!)の今にも死にそうな表情(メイクが良いのか?)が凄い!
    いろんな国の役者さんが、それぞれいい味出してました。

    メキシコのシーンが麻薬問題を描いた映画「トラフィック」を思い出させました。バベルが気に入った人は「トラフィック」もいけるかもです。

  • 80点 大人の身勝手さ

    2008-02-24  by kokoloko

    DVDで鑑賞。

    素晴らしい作品だと思いました。

    特に何のつながりもない(と思われる)4つの国で、ほぼ同時に話が進行していく様子。映像、音楽、脚本どれも見事でした。テレビの画面で観ても圧倒されましたので、映画館で観たらさぞかしよかったことでしょう。

    夫と鑑賞後、夫は『何が言いたいのかわからない』と言いました。私が感じたのは『大人の身勝手さ』『子供はその犠牲』そんな風に感じましたが、『バベル』というタイトルにこめられた本当の意味を考えるともっと奥深いのかも知れませんね。

  • 80点 大変な傑作

    2007-12-25  by pinkopaque

    映画は、静かなオープニングから間もなくモロッコの荒涼たる砂漠にライフルの乾いた爆音が響く。その音は戦争映画の機関銃の音などとは質が違う。
    一発の銃声が世界を変えてしまうことを示唆しているかのように、胸に響く音に感じられた。そしてその何発目かの銃声が物語を動かしていく。

    われわれ鑑賞者である神の視点によって、その銃弾がブラッド・ピットの妻役であるケイト・ブランシェットを撃ち抜き、そのライフルが日本の役所広司から渡ったものと知り、ブラッド・ピット夫妻の悲劇が彼らの子供たちに別の事件を生むきっかけになることを結果的に知ることになる。

    しかし、一見関連性のない物事の因果関係をわれわれが知る場合、入ってくる情報には常にタイムラグがあるということを日常的に知っている。
    われわれは常に物事の結論から先に知るからだ。事件は突然に起こる。その原因が判明するのはずっと後になってからだ。
    映画では時間軸を巧みにずらすことによってその因果関係が説明的ではない方法でわれわれ鑑賞者に徐々にわかるように仕上げられている。それはあたかも重いエレキギターのコードによってささやかに添えられている音楽にも相まってより効果的に演出されているように思う。

    われわれ日本人にとってこの映画はある意味幸運である。
    多くの日本を描いた外国映画では、イメージによる東洋の国日本というまなざして撮られているものがほとんどだが、ここで描かれている渋谷はかなり今日的な日本であるように感じられた。
    そこから類推すると他の舞台となっているメキシコ、モロッコも今日的な日常を深く描いているのではないかと想像できる。幸運と書いたのはそういうことからだ。われわれは今日的な世界をスクリーンを通して見ることになる。

    ブラッド・ピットはなにを演じてもサマになる俳優だ。テリー・ギリアムの「12モンキーズ」では不細工に撮って欲しいと依頼し、ハンサムな役どころではないにもかかわらず、スクリーンには魅力的なカッコいい男として映し出されてしまった。もちろん他の出演でもどんな服を着ようが、どんな髪型にしようが、ハンサムで世界一カッコいいブラッド・ピットが映っている。彼自身、自分の美しい容姿が自分の演技の足かせになってしまっていることを嫌っていて、もっと役者として役を演じたいと思っている俳優だ。
    この「バベル」ではじめて彼の望む男前ではないごく普通の男が描かれているように思えた。

    日常生活が、なにかの拍子に突然悲劇へと変わる場合がある。バスツアーの旅先で、全く別のことが原因で、本人の意図しない状況に巻き込まれてしまいパニックに陥る。その時に自分の素が出てしまう。もし自分がそうなってしまったらどういう行動に出るのだろう。時間を争う瞬時の判断をもし誤ってしまったら小さな悲劇が大惨事に成長してしまうかもしれない。その不安と必死な姿を見てわれわれは共感、同意、あるいは事例としてわれわれに次の問いを投げかける。

    全編を通して控えめで淡々とした演出が、見る者に今日的世界、日常的にわれわれがもっと気づくべき心の中、ごく身近な見知らぬ人、そして宗教的な意味ではなく〈他者〉について、考えさせてくれる契機をこの映画は与えてくれている。

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