太陽
『太陽』を価格比較。★★★★(75点)『太陽』に対するみんなのクチコミ情報などもあります。
| 監督 | アレクサンドル・ソクーロフ |
|---|---|
| 出演 | イッセー尾形,ロバート・ドーソン,桃井かおり,佐野史郎,田村泰二郎 |
| 発売日 | 2007年3月23日 |
| 定価 | 4,935円(税込) |
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amazon.co.jpによる解説
ヒトラーやレーニンも自作の題材にしたアレクサンドル・ソクーロフ監督が、昭和天皇を主人公に、終戦の年、8月15日の前後を描く。空襲から逃れるため、地下室で生活する天皇(=ヒロヒト)が終戦を決意する苦悩に焦点を当てながらも、ヘイケガニの研究に安らぎを求め、訪れる米軍兵士に「チャップリンに似ている」と言われて喜ぶ姿など、人間としての天皇を映像化。日本人にとって興味深い仕上がりだ。
イッセー尾形は、口をもごもごさせる仕草など、本人の癖を巧みに採り入れつつ、人間味溢れるヒロヒトを好演。侍従らとのやりとりでは笑いも誘う。ソクーロフ監督はセピア調の映像で当時の雰囲気をかもし出し、夢の場面で魚が爆弾を落とすなどシュールな描写も挿入。外国人が描いた日本にしては違和感が少ない。天皇の描写を含め、さまざまな意味で問題を投げかける作品ではあるが、人間になることを許されなかったひとりの運命として観ると、これほどインパクトの強いドラマも少ないだろう。多くの葛藤はラストで、皇后役、桃井かおりの一瞬の表情に凝縮されるのだ。(斉藤博昭)
商品詳細情報
| 販売元 | クロックワークス |
|---|---|
| 発売日 | 2007年3月23日 |
| リージョン | 2 |
| ディスク枚数 | 1 |
| 形式 | DVD |
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映画生活ユーザーによる「太陽」のレビュー
-
夢のような不思議な映画世界2007-04-07 by
星空のマリオネット
こういう映画表現があったんですね。芝居と映像と雑音めいた音声の組み合わせ。夢のような常人離れした世界に驚きました!
ただ、これは史実にある程度忠実なものなのか、それとも監督の作り上げた虚構の部分が大きいのかが気になってしまったことも事実です。
史実とどの程度一致しているのか?
当時の天皇についていまだ伝えられていないことの方が多いと思いますし(時々天皇の発言を記録した手記が出てきますが・・・)、伝えられている史実があったとしても、それは作られたものであるかもしれません。また、マッカーサーとの実際の会談の表面的な内容と一致していなくとも、本作の昭和天皇とマッカーサーとのやりとりの方がより本質を伝えているかもしれません。
少なくともロシアの映画監督であるソクーロフは、分かりやすいアメリカ人を代表するマッカーサーより、昭和天皇にこそその人間の奥深さを見ているように感じました。
浮世離れした無邪気な一面を持つものの、日本人全体の運命を否応なく背負わされてきた苦悩のなかで築かれたものなのでしょうか、一筋縄ではいかない魅力と教養をもった天皇。また、目の前の人間に命運を握られているという極度の緊張状態にある「天皇」にこそ、神格化された人間の不思議を見ているような気がします。
もちろん実際の昭和天皇の心象風景が、どのようなものであったかはわかりません。
侍従たちとのやりとり、軍人とのやりとり、マッカーサーとのやりとり、米国カメラマンとのやりとり、科学者とのやりとり、皇后とのやりとり、そのいずれのやりとりからも存在感がないようでいながら実は存在感のある天皇のユーモラスな暖かい人間性と苦悩とが浮かび上がってきます。監督の演出とイッセー尾形の迫真の演技がシンクロした幸福な記録だと思います。(個人的には天皇に特別な関心は持ってはいませんが、天皇がこのように魅力的で品位ある人であったとしたら嬉しいなと思います。)
天皇の夢の中に出てくる、空爆を受け不気味に紅蓮の炎を上げる東京の街、一面焼け野原となったモノクロームの東京の街は、いずれも悪魔の仕業を神(天上)の視線から眺めているように見えます。一方、米軍車に同乗した天皇が見たものは普通の人間の視線に戻っています。
本作には天皇の人間宣言はテーマとして登場するのに、通常であれば当然登場する降伏の玉音放送の場面が一切ありません。いつの間にか敗戦直前から敗戦直後に夢のように場面が移っていますが、これは、敗戦という人間世界の出来事ではなく、神であらねばならなかった人間を描くことに焦点が絞られているからだと思います。因みにキリスト(聖書)のエピソードを参考にしている場面もいくつかあるそうです。
作者は、神から人間になった昭和天皇の姿を描くとき、人間から神になったキリストを意識している面があるのかもしれません。 -
ちょっと不満あり。2006-10-03 by
黄金のキツネ
人間でありながら神格を与えられた人物の姿、そして大戦前の法律で政治的発言がほとんど不可能だった元首の姿、歴史的事件を前にした葛藤、そのあたりをどのように描いているのかに興味があった。しかし映画は昭和天皇の私的生活と公務とを坦々と見せることでその孤独を描き、昭和天皇を生身の人間として描くことに重点を置いていた。
さすがだなと思ったのは、ソクーロフがシチュエーションごとに天皇をうまく描き分けていたことだ。独りでいるとき、侍従のような奥向きの人物とのやり取り、外部の人物には政治臭がなければ思いやりを示す。政治向きが強ければ統治者「天皇」としてスーツを着用し、「大元帥」の役割を演じねばならないときは軍服に着替えている。下調べを十分にしてシナリオ作成に臨んだのだなぁと感心した。
だがマッカーサーとの会談は期待はずれに終わった。この会談は現在の日本の立憲君主制という政体と、昭和天皇自身の生命との一大分岐点となったと理解している。重臣達の助命と引き換えに自らが戦犯として裁かれることをも覚悟して臨んだ会談であり、その当時のマッカーサーの手記(通訳の手記?)には天皇の手が震えていたとも記されていたらしい。それにもかかわらず会談終了時にマッカーサーは昭和天皇の人柄に魅了され、それがその後の占領政策に反映されたという。だがこの作品にはその時の昭和天皇の覚悟や決意、あるいは緊張感、恐怖、不安は十分に描かれていただろうか。わたしは不十分だと思った。またマッカーサーをも魅了したという豊かな人間性も語られてはいなかった。この会談の様子では昭和天皇の重要な面を描ききったとは思えなかった。
しかしそれが当然なのかもしれない。敗戦国の元首の器や日本の歴史を詳細に述べたところで、世界はたいして関心を持ちはしない。世界の関心は、神であった人間の姿やその生活、仕事ぶり、その浮世離れしたところにある。そしてそれをソクーロフは彼自身の観点から描きたかったのだから。
一個人としては歴史に重きを置いていない点と、昭和天皇の人間性の描き方に関して不満が残った。再現ドラマではなく、あくまでもソクーロフが構成したフィクションなのだから仕方がないのだとは思うけれど。しかし映像の優美さには特筆に値する。これは本当にすごかったと思います。 -
孤高2008-08-05 by
ともじょ
イッセー尾形が昭和天皇陛下にしか見えなくなってくる!
不思議だ。すごい。
昭和天皇についてほとんど知らないのだが、
説得力のある演技とはこのことか。
イッセー尾形演じる最後の現人神ヒロヒト天皇は
常にぶつぶつ言っている。
まるで言葉が空気に溶けていくよう。
思考も記憶もだだ漏れになっているよう。
でもそれは、彼に話す相手がいないからなのだろう。書き留める人はあっても、ありがたく受けとめる人々はいても、話す相手はいないのだ。
「あ、そう。」と言う言葉が、唯一のコミュニケーションのように感じられる。
どこまでも純粋な孤独。
気高く美しいと言う事は、プライドを高く持つという事ではなく、平家蟹のように類稀な存在であるということなのだ感じた。 -
カリスマとカリスマ性2007-08-13 by
理屈屋
う〜ん、不思議な映画でした。
DVDをレンタルして見ましたが、全編夢を見ているような映像だったのが、強く印象に残りました。
昭和天皇ヒロヒトが、ポツダム宣言を受諾する決意を表明した御前会議から、人間宣言を行うに至るまでの数日を、「人間ヒロヒト」というテーマで天皇にフォーカスを当てて、淡々とその生活ぶりを見せていきます。
まず、この作品の特徴として挙げねばならないのが、軟らかく、しっとりとしていて、そしてとても不思議な印象を受ける映像で、見る者はきっと、非常に現実感に乏しい感じがして来るのでは?と思わされるところでしょうか。敗戦直後の瓦礫と化した街中を映し出したりもするのですが、悲惨さとか生々しさのようなものが感じられないんです。「はぁ〜、天皇が見てる世界って、こんな感じ?」ってーのが、だんだん飲み込めて来るように思うのが不思議です。
で、次にそれにも絡みますけれど、「面白いなぁ〜ッ」って思ったのが「カリスマ」と「カリスマ性」ってことですね。
あの当時の天皇ってのはたぶん「カリスマ性を持ったヒト」ではくて、「カリスマそのもの」だったんでしょうなぁ。ヒトラーとかとは根本的に違うんですな、カリスマ性という点において。
「カリスマ性を持つヒト」が、何らかの目的のために求めてそれを得たのとは違うんでしょう、たぶん。
天皇ヒロヒトは生まれながらに「カリスマそのもの」なんですよ。で、本人の望み通り、やっと「人間宣言」によってそれから解放されるのか?ってことに喜びを感じているようなんですね、むしろ。
いや、その辺りの苦悩なり違和感なりに、月並みではありますが、グッと来るものはありますよ。
がしかし、が、しかし。
このお話はとても悲しく切なく苦しい感じを受けて終る事になり、天皇ヒロヒトが感じたであろうその哀しみこそが、まさに彼の人間宣言そのものであったろうにも関わらず、その哀しみを、まるで当然のことのように背負ってしまって疑わないこと自体が、実は人間ヒロヒトに与えられた宿命である「カリスマであること」の証明になっているとさえ思わされてしまい、カリスマならぬ身でカリスマとしての宿命を負わねばならない、何とも言えない「天皇」って存在の在り方に、愕然として見終えるのでありました。
「うるせー、バカヤロー。そんなこと知るか−ッ、俺とはかんけーねー!」っとは絶対に叫ばない、叫べない、悲しきヒロヒトでありました。
面白い作品でした。
実を申しますと、私は天皇制不要論者なのでありますが、「支配者階級たるに相応しい「高貴な血」というものが“確かにある”」と、説得されてしまいそうであります。 -
「あ、そう。」2008-01-28 by
Odile
ことさらに戦を描いてるわけではないのに、得体の知れないどす黒い空気が充満していて、最後まで息がつけなかった。特殊な環境におかれた天皇の人物像が、その闇にぼんやりと浮かぶ。
(早稲田松竹) -
美の巨人2006-10-02 by
ペンギン
とても美しい映画だ。こんなに綺麗な画面は久しぶりに観たような気がする。どのシーンも照明と露出に非常に気を遣っているのが解る。現像も神経を使っただろう。映画はフィルムを使った映像芸術なんだと改めて気づかされた。
それにもましてこの映画に描かれている天皇ヒロヒトの持つ天性の芸術性に感心させられた。
この映画が果たして何処まで事実に基づいているのかは解らない。このシナリオライターがどのような人々に取材をして昭和天皇の言動を構築していったのか知らないけれども、イッセー尾形演じる昭和天皇は悩みも喜びも表現がとても芸術的なのだ。
これが戦前までの日本の皇族や華族、貴族と言った人たちの自己表現の仕方だったのか。
身分制度などは言語道断ではあるが、このような美しい感情表現はとても魅力的だと思う。
自由と平等の象徴であるマッカーサーの立ち居振る舞いと対照的に描かれるが、それは美しさ、芸術性に於いてもっとも顕著である。
そしてそれは日本人特有の「滅びの美学」とあいまって、いっそう美しく見えたのかもしれない。
過日、皇太子殿下が皇室批判をされて穏やかながらなかなか骨のある方だなあと久々に皇室に注目をしたのだが、考えれば我が国の長い天皇史の中で一番ラジカルでリベラルだったのは間違いなく昭和天皇ヒロヒトであろう。
しかし本人の思いがどうだったにせよ、一帝国の王として他国侵略を始めたのも日米開戦を決断したのもまた彼(の責任)であった事を忘れてはならない。 -
病気の日本人の私2007-01-27 by
ika
見ましたー(1.26名古屋シネマスコーレ・小スクリーンです)
ずーっと見たかった映画でしたので、とりあえず見れただけで満足。
評価は80点ですが、わかんないところが多かったから……わかってくれば、もう少し上がる……かな?
この映画は、昨年末にこの劇場でやっていたが、そのときは見逃し。
しまったなーと思ってましたら、評判が良かったので再上映……ということで、ラッキーでした。
観客はさすがに少なかったけど(十数人)、みんならしい人ばかり……(らしい人ってどんな人?)
一人、変な初老のおっさんがいて、上映終了と同時に、単発、拍手をおくっておられました(何系の人?まさかこのレビュー、読んでませんよね?!)
で、感想なんですが……
自分で勝手に思い描いていたものとかなり違っていたので、ちょっと混乱しております。
ネタばれも含むので、詳しくは、作品別の方にあらためて投稿させていただこうと思いますが……
まず感じたのは、あ、日本映画じゃなかった! ということ。
ほとんどの俳優は日本人ですけど、日本映画ではぜんぜんありません。
ですから……これを日本人が見た場合、はじめから<屈折した視点>が要求されることになる……
その<ややこしい?見方>を楽しめるかどうか……
これが、案外この映画の評価の分かれ目になるんじゃないか……と感じた。
そういう点では「ラストサムライ」とちょっと似たところはありますが……
むろん「ラストサムライ」より、はるかに過激に分別しがたい……
うっかりすると、意識がすぐに<日本映画?>にすべっていくが……
すべって転んだ先が日本じゃないので、はっと気がつく……というくり返しでした。
日本人なんで、この映画の<ホントの姿>が、結局わからない……というハンデがある……と考えた方がいいかもしれません。
一体、どういう映画だったんだろう……
外国人に生まれなおして見てみたら、わかるのかもしれません……
ともかく……<日本人>という呪い?にかかっているかぎり、この映画をもって<天皇>や<戦争>を論じても、なんかむなしい……
そこまではいいすぎかもしれませんが……でもね、私たち日本人においては、<天皇>や<戦争>に関する見解って、案外統一された狭いところでゴニョゴニョやってんだなー……とは思いましたよ。
お互い、意見が違ってガンガン議論してるように見えても……
議論の立脚点はまったくといっていいほど同じだし、また、それだから議論も成り立つのでしょう……
この映画のように、立脚点がふつうの日本人のふつうの意識とまったくちがうものを見せられると……そのことが明快にわかります。
日本人って、ホント、どこまでいっても日本人……
いくら世界に出ていって商売しまくっても……英語が PERA・PERA になっても……やっぱり、まったく変わらず日本人。
日本人は、<日本人>という病気にかかっている……のかもしれません。
この病気がなおったとき?……日本人は、ふつうの<人>になって……
それで、もう一回この映画を見れば……そのときは、良くわかるのかもしれませんね……
「あっ!こういう映画だったんか!」と。
昨年、「日本沈没」という映画がありましたが……
ある意味、この「太陽」という映画は、あの変な(失礼!)「日本沈没」よりも、はるかに本質的に、小松左京さんの原作の語りたかったことを語っている……と感じた。
原作の「日本沈没」が書かれてから、もう40年以上?もたっちゃってますが……
<日本人>という病気は、ぜんぜんなおる兆候もないですね……
この映画を見ている私自身の心を見て……
そう感じました。 -
独り言とされた天皇の言葉2006-12-16 by
ゲイリーマンのカミングアウト的思考
昭和45年生まれだからおじいさんの昭和天皇しか知らない。
思えば昭和の18年と平成の18年を生きたのですね俺も。
「あっ、そう」と大らかで明るい性格の方でした。
しかし、話を聞いていてもなんとなく会話が食い違う、ちょっとはっきり
しないところを感じる方でもあったなあと思い出した。
映画でイッセー緒方が演じているが、生き写しのような気になってくるのです。
昭和天皇の独特の不思議さ?子供っぽいいたづらな面もたくさん見せていきます。
終戦後、マッカーサーに会うところからは見ていて妙な感覚になった。
監督の言う「ヒロヒトはすべての屈辱を引き受けた」というシーンが次々と。
見ているとね、あれだけ純粋な人をアメリカの俗物に触れさせることが、
日本人として申し訳なってくるのですよ!
たった一人で連れて行かれ、アメリカの軽々しく天皇を扱う様子
天皇がうなぎ研究の話などをし始めると、マッカーサーは話の腰を折って
席を立つなど小馬鹿にした扱い。
昭和天皇に口移しでタバコに火をつけてみたり、
この妙な大人をわざと一人にしばらくほったらかしにしたら?と実験してみたり
蝋燭を消して回って一人遊びし始める天皇を隠れ眺めたり。
日本人の感覚ではあっと驚くシーンが次々。
これらのシーンでは、日本そのものを軽く扱われたような気に
なってくるんですよ。
こんな自分にも日本人の血が流れているのだなあ、としみじみ思える。
そんな扱いをされても紳士でいる昭和天皇は、世間離れなどと言うものではなく
信じられないほど高貴に見えてきます。
こういうことが実際あったのでしょうね。
昭和天皇は世間を知らず自分でドアも開けたことが無く、自分でどこへ行けば
いいかも分からないような、いわば純粋培養というか・・・
そう、本当にお守りさしあげねばならないお方といった感じ。
それなのに外国のマスコミの写真撮影を求められ好奇の対象として撮影させられる。
記者の要望に、まじめな天皇は答えてしまう。おどけたポーズをサービスする。
それがチャップリンのように映り世界へ配信・・
これがあの大日本帝国のトップなのか?と驚いたにちがいない。
しっかりした物を言うかと思うと、妙な子供じみた行動をしたり。
賢いのか賢くないのかも分からない。会話も基本的に成り立ってない。
皇后との対話も何か噛み合っていない、
すべてを承知してるかのように皇后も適当に応対している(あしらってる)ふう。
戦時中の御前会議でも、研究所での言動も、言うなら天皇の言葉は
すべて「独り言」・・
聞いている大臣たちも意味が分かったのか分からなかったのか?
強いリーダーシップを求めもしないし頼りもしない。
あてにもしてない。御前会議とは何のためやら・・そんなことも全部わかって
いたのでしょうけど。
ただただ、本当にこの方は孤独であったのだろうなと思えて堪らなくなってくる。
この昭和天皇の徹底した自己を出さず臣民のための存在であるようにしたことで、
臣民が望むからと戦争の開始も認めていく。
国民は国民で、天皇のご意思だと信じて
国民は過度な期待と妄想を持ってしまったのか?
昭和天皇本人の、重大な問題。
他人との意思疎通、コミニケーションが難しかった方なのかもしれない
ことがこの国の悲劇だったのではないか?と思えてきます。
このことが日本の行く先にどういった形で影響してしまったか?
昭和天皇の人となりがもっと知りたくなってきた。
誰ともまともな会話は成り立ったことはなかったのではないだろうか?
天皇にしても何を聞いてもまともに答えてくれる人はいないし、
何を話しても相手が緊張してしまい、本質を語り合える相手もいなかった。
あんな立場で生まれたときから腫れ物を触るような扱いをされたら
そうなってしまうかもしれませんね。
すべて独り言扱い、何を求めても自分の意思と違う答えが待っている・・
何ともいえぬ孤独感・・・
それでも毎日同じ公務を果たされていっただろう日々が想像される。
なんとも救いのない悲しさが後を引く作品になっています。
さて、昭和天皇の人となりを描くなんてことは、日本ではとんでもないタブーと
言うか絶対無理な状況は続いていますよね。
これではいつまでも歴史と向き合えないままですが、
崩御から20年近くたっても日本人自らが描くことはできないのでしょうか?
この作品はロシア映画。日本での公開も相当時間がかかった。
しかし、この作品を見れたことは本当に良かった。
日本という国を見つめなおすいい機会になると思う。見れる人はぜひ! -
チャーリー違い2006-11-16 by
Baad
’70年代半ばに昭和天皇が訪米したとき、
「ヒットラーやフランコみたいな独裁者が来ると思ったら、まるでチャーリー・ブラウンのように温厚な老学者ではないか。」ということで、ミーハーで王侯貴族が大好だとはいえ、太平洋戦争が終わってからの時間もさほど長くなく、未だ日本に複雑な感情を持っていたアメリカ市民にも好意的に迎えられた、という雑誌記事を、この映画を見て思い出しました。
’70年代は『ピーナッツ』でも、終戦直後は映画俳優だったのね、と一時頬を緩ませたのですが、おっとどっこい、この作品は天皇をモチーフにしたまったくのフィクションだったのでした。
ラストが少し気になったので、自己レスで感想を書いておきます。 -
ううむ・・・・・2006-10-26 by
odys
ソクーロフが昭和天皇の映画を作る? その情報に接したとき、えっ、という驚きが最初にあった。(てったって、ソクーロフの映画はこれまで2本しか見てないんですが。)
住んでいるところが田舎なので上映が遅れたこと、そして日程や時間の関係で上映開始から2週間以上たってからようやく見に行けたこと、などから「怖い物見たさ」の感情はいやが上にも高まった。
結論から言うと、ソクーロフにしちゃずいぶん普通の映画だな、という印象だった。いや、音の使い方だとか、人物の動きだとか、映像だとかにもそれなりの独自性があるのだけれど、オリエンタリズム、つまり外国人に日本のテンノーがどう見えるかという、いわばキワモノめいた出し物を見る気分で出かけた私としては、3分の1ほどは肩すかしを食ったような気分だった。
最後に出てきた桃井かおりの皇后までが「あっ、そう」と言うのには笑ってしまったが、狙った笑いなのか、外国人には神秘的に見えるシーンなのか、考えてしまった。
いや、ロシア人だって半分はアジア人だし、欧米的な見方との対決ということは絶えず意識しているだろう。欧米人の映画監督にはこういう映画は作れないだろうな、とは思う。
だが、傑作か、と言われると、ううむ、と唸るしかない私であった。









